コーダ あいのうたのレビュー・感想・評価
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世界を両側から見るの
同じものを見ていても
聴者からと聾者からでは見えるものが違う。
でも、
聴者でも、聾者でも同じものを見ることもできる。
聴者同士でも、世界は全く異なって見えることもあるし、
聾者同士でも、世界は全く異なって見えることもある。
世界は、ありのままに見ることができない。
だから、想像力を使うんだ。
世界を、両側から見るんだ。
上から、下から。右から、左から。表から裏から。
この映画を、聴者、聾者、はたまた、女性、男性、政治家、教師・・・いろんな立場から想像してみる。
批判もあり、感嘆もあるだろう。
世界をそうやってみると、少し優しくなれる気がする。
不自由さ故に家族の関係が濃厚
ジョニ・ミッチェルの名曲『青春の光と影』を家族が2階席で見守る中、手話を交えて歌うシーンが、とても良かった。歌は、思いを伝えたい人のために歌うのが一番。試験とかコンテストを超えた一回きりのすばらしさがそこにはある。本来の歌の姿なのではないか。
前回は、終わりの30分位をみただけだったので、最初から見て、家族が置かれた立場、漁業の厳しさ、ろうあ者故に家族が結束しなければならないこと、それ故のしがらみ、不自由さなどが絡まって、健常者の家族の自由度とは大きく違っている。でも、考えようによっては、そのような障がいを皆で乗り越えようとするから、家族の物語が生じる。自由度が高く、何でも思いのままに選択できる場合は、家族がバラバラ、自分の好きな方ばかり向いていて、家族の物語は生じづらくなっているのではって思わされた。
歌のレッスン、彼氏との心理描写は控え目で、家族との関係性、葛藤が中心に描かれた映画だった。きっと、ぶつかり合って、それでもお互いに思いやり、尊重し合える家族が一番なのだろう。
大事なのは、自分と相手とのあいだの空間で 何を伝えられるかだ
【聴こえない世界の可視化】
無音のシーンが幾度もはさみ込まれる事でよくわかる―
ものすごい疎外感と不安が押し寄せること。
それはお互いに本当に別々の、裏側同士の世界に生きていたのだという現実の 可視化。
「両面から見てみよう」とルビーが歌う青春の光と影、
ジョニー・ミッチェルのBoth Sides Nowがしみじみと聴かせる。
「Babyじゃないよ。ルビーは昔から大人だったんだ」。
このパパの言葉で、我が娘がずっと今までヤングケアラーのくびきを担ってくれていたこと、その娘の置かれていた境遇にハッとするお母さん。
その手元をじっと見る兄貴。
”反対側にいる存在"に三人が気付くいいシーンだ。
聞きしに勝るいい映画だった。
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【コミュニケーションの冒険は、怖気づかなくてもいいんだと、この映画は教えてくれている】
この音楽の先生=V先生がとーっても良かった!
ルビーがCodaであることは知ってはいても、
その実情はよく知らずに、ただ歌うことの楽しさを夢中になって語り、そして自らが踊り、ルビーに大声で「歌心」を伝えた。
そしてこの先生は、Codaの境遇がわからずにルビーに対してバークレー音楽院への進学を勧めた。無頓着にだ。
この彼の無頓着ぶり、不見識ぶり、無神経ぶりがたまらなく良いのだ。
その真剣な無理解とルビーへの圧倒的な興味こそが、いずれルビーたちに事件を起こさせてくれるからだ。
V先生は、(ありがちな)おっかなびっくりの知ったかぶりをするとか、あるいは「配慮」という名の気遣いをしたりといった、Codaのルビーを腫れ物のようにしていたわるような慈善はしなかった。
時間を守らないルビーに対してあそこまで怒りまくった。
先生は大好きな音楽に彼自身がのめり込んでおり、自分の生活リズムも頑なに固持するキャラクター。
でも先生は本気で仲間を作ろうとする。ルビーに対しても遠慮知らずに「歌うことの喜び」をば、本気でルビーと共有したくて、その思いを爆発させていたのだ。
本作を観ていて、V先生とルビーの、掴み合いと叫びながらの取っ組み合いを見ていて、僕らも怖気づくことはないのだと思わせてもらった。
「好きとか嫌いとか」、
「怖いとか楽しいとか」、
そういう本心をこそ、腹式呼吸で、腹の底から、相手に伝えたいこと・吐き出したいことが、そこにあるから、それ故のあの二人の熱量 なのだ。
「ハッ ハッ ハッ ハッ」呼気吐息で語る胸の内。
手話で歌のイメージを表すルビー。
それを絶句して目撃するV先生。
鼻の奥が熱くなった。
あの音楽室での二人。
未知の世界への出会いとカルチャーショックは、戸惑いと対立を生み出す。けれどそれが事件を起こし、心を揺さぶる新しい生き方をルビーに引き起こさせたのだと思う。
家の中でも、家の外でも、ルビーは闘っていたのだ。
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【アイラブユーの手話サインは、とても難しい】
車の窓から手を出す。
梅津かずおのまことちゃんの「グワシ」に似ている。あの手の形は練習が必要だ。
だけれど、《それ》を伝える思いこそが、練習が本当に必要で、またそれが難しいのだねぇ。
僕たちは、
手話をしている人たちのそばにいると、話せないはずの人たちから意外にもたくさんの音が聞こえることに驚く。
バタバタと衣(キヌ)の擦れる音、
手がビュンビュンと風を切る音、
手首や指が振り回されてポキポキ鳴って、
興が乗ると、“会話”には弾む息遣いや、漏れる喉の声や、汗の香りもこちらにビジビシと伝わってくる。
五感がそれをレシーブするから、
こちらもそれに応えてがっつりとアタックするのだ。
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【ご近所のケアマネさん】
うちの両親の住む家に通って下さるケアマネジャーさん。
不思議な気遣いと配慮を見せてくれるので、母が問うてみたところまさしくご本人「Codaなのだ」と。
御両親が聴覚障がい者で、
「健聴の子(ご本人)が生まれてしまい、親御さんはどう育てていいのか分からず、未知の世界が不安で、戸惑ってしまった」のだそうだ。
これ映画のお母さんの述懐がそのままですね・・
「ザ・トライブ」
「エール!」
「サウンド・オブ・メタル」
「私だけ聴こえる」
こういう映画が次々と発信されて、
世の中にはまだまだ僕らが知らないコトバがあるのだと発見が出来て、
これは なんと素晴らしいこの時代ではないだろうか。
ZOOMなどを使って「リモートの手話通訳仲介」を、ホテルなどの受付けカウンターで、チェックイン時に利用することも出来る。
音声⇔文字変換のアプリも便利になった。健聴者・失聴者や視覚障害者同士の会話にもこのアイテムが使える。
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【対話に必要なのはハートと工夫、そして跳躍だ】
バークレー入学のために家を出るルビーにパパが言ってくれた渾身の「 GO 」が沁みた。
あれ、お父さん本人には聴こえないけれど、ルビーと鑑賞者の僕たちにはちゃんとあれが聴こえた。
語れ、歌え、聴き取れ、そして 伝えよ!と
お父さんの「 GO 」は、観る者すべてに励ましをくれているようだった。
◆「お前が生まれるまではうちは平和だった」「出てけ」
憎まれ口を叩いて妹を実家から“追放”する兄ちゃん、
妹思いの素晴らしい演技で、あれには泣けた。
◆「どうせ追い出すならみんなで見届けなくちゃ」と、涙をを隠してひょうきんな母ちゃん。
◆「声を出すのが怖いのか?そのCodaの醜い声を思いっきり出してみろ」とあのV先生。
大きな海原の、漁業のシーンから始まったこの映画、
〜親と子と、
〜兄ちゃんと妹と、
〜教師とその生徒と、
みんなが一石を投じ合って、港町の水面に、愛のさざ波を立てたんだね。
親と子の、別々の船での
これは新しい船出なんだ。
そして
劇中で、繰り返し湖水に飛び込んでいた若者たちの姿も、印象的に心に残った、
「ためらうと足が震えるからすぐに飛び込むのよ」
DISTANCEを飛び越えようとするBoth Sides Nowの跳躍。
娘無しに生きてみようと決心する親たちと、愛ゆえのためらいを抱えつつ自分の人生を選んでみる娘と。
・・家族の中にも 親友たちの間にも Both Sides Nowがしみじみと流れていたのだ。
言葉は振動。
思いはビート。
パパはルビーの喉と胸に手を当てて言葉を受け取る。
ルビーもパパをハグする。
本気で伝えたいなら、手段を探して奔走をすればいい。飛び込めばいい。ハグすればいい。
それはきっと伝わるんだよ。
ドキドキしてきた。
(了)
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「左耳の聴力が落ちていますね」と検診で言われてしまった僕。
同僚たちの立ち話にうまく加われない猛烈な疎外感があって、なおさらこの映画には感じるものがありました。
音が消えるシーンに注目
聴覚障害の俳優達が演じているからか、家族の会話はカナリ迫力のある手話シーンでした。娘の声が聞こえないってこういうことね、と分かるシーンは周りの人の表情で理解するしかないのだけど、なかなか感動しちゃいます。
いい映画だと思うから星4つにするけれど面白味はない
巷の評判はいいし、まあいい映画だとは思うけれど全く面白味のない作品だった。
二度の歌うシーンの演出が、あまりにもあざといとしてもなかなか良かったので、ギリギリ星4つにするけれど、単純に楽しめたかといえば星は2つでもいいくらい。
号泣とかいう言葉を事前に耳にしていたが、割とすぐに泣いてしまうタイプの自分でも号泣どころか涙の一滴も流れなかった。なんていうか、特にどのキャラクターも大して悩んだりしてないんだよね。秘められた想いとか変化がほとんどない。
ろう者の物語という意味ではなくて、この手の物語の場合、主人公が羽ばたく前に抱えた羽ばたけない悩みがあるものだが、基本的にそれがない。彼女は最初から羽ばたきたいと願っているのだ。
彼女の枷になるのが家族だという意味では斬新と言えなくもないが、家族間の溝が映画にするにはちょっと浅すぎる。
要は、この家族は最初から愛のあるいい家族で、漁についてうまくいかないことはあっても家族内にトラブルがほとんどない。それで最後に感動しろと言われてもちょっと無理。そんなんで泣けるなら街で家族連れを見かけるたびに泣くことになる。
娘に歌の才能があることを家族が直接理解出来ないこと、彼女が大学に行きたがっていることを後押しするのが兄貴で、母親はどちらかといえば反対する側だというところに目新しさは感じた。
娘が主人公の場合、大概は母親が理解者ポジションだからね。
本当に良かったのはここくらい。
久々に映画館に足を運ばせた
某映画批評で絶賛してたので、是非スクリーンでと思い、1年ぶりくらいの劇場観覧。
聞こえない世界、そんな人達に囲まれた世界、理解不足というか想像が追いついて行かず、しばしば戸惑った。
聴覚が閉ざされた分、別な器官が秀でてるとしたらどんな風に感じるのか?…やはり想像が追いつかない気がしてならない。
観覧前の情報でハードル上がり過ぎてたかも。
めちゃくちゃイイ、とは感じなかったが、もう一度観てみたい感はある。
感動
当時、映画館で鑑賞。
お涙ちょうだいになり過ぎていなくて、けっこう下品なユーモアを織り交ぜていたりして、バランスが良い。
思春期の女の子が、自分の進路と、家族との間で揺れていて、ヤングケアラーについて考えさせられた。
歌声が心に響いた。
さすがハリウッド
この映画が作品賞に選ばれた時は、なんだ感動系かーと思ったが、素晴らしい映画だった。
実際にろうの役者が聾者役をやっているところもさすがハリウッド。
めちゃくちゃ泣いたけど、こういう映画は万人におすすめできるし気持ちがいいね。
久しぶりに良い映画を見た。
今で言うヤングケアラーの話、とはとても片付けられない。先生に歌ってる時の気持ちを手話で伝えるシーン、背中合わせで歌うシーン、名シーンがいっぱい。コンサートのシーンの演出にはびっくり。俳優も、本当の聾者とは。力のある手話。爆発する表現力。しかしながら主人公の歌声にはもう少しパンチ力求む。とにかく涙が止まらない。
音楽がとてもいい。爽やかに感動する映画。
2022アカデミー賞作品賞、脚色賞、助演男優賞を受賞。
遅ればせながら、やっと見ることができた。2014年のフランス語映画『エール!(フランス語版)』の英語リメイクであったことから、見るのを先送りにしていた。が、爽やかに感動する映画であった。ただ、下ネタが多いのでご注意を。
主人公(エミリア・ジョーンズ)が合唱部に入ると聞いて日本のクラシック的な合唱部かなと思いきや、ソウルフルな歌が続く。音楽教師はメキシコ出身でとてもハイテンションでポジティブ。彼女の才能を見抜いて熱く指導する。実際に役者もメキシコ出身のエウヘニオ・デルベス。スペイン語的な英語もいい。歌うことの基礎と厳しさを伝えてくれた。
印象に残った曲は、原曲でいうと
You're All I Need To Get By
(マーヴィン・ゲイ & タミー・テレル)
Both Sides Now(ジョニ・ミッチェル)
私も若い頃に聞いた馴染みの曲を、若いエミリア・ジョーンズ & Ferdia Walsh-Peeloが歌う。これがいい感じに仕上がっている。何度か出てくるのもいい。
ろうあ者のファミリーに一人だけ聴覚を持って生まれた娘(エミリア・ジョーンズ)。彼女が生まれたことは両親にとって必ずしも喜ばしいことではなかった。兄もろうあ者であるが、妹が生まれる前までは家族三人で幸せだったと。
兄が将来の妹を思う気持ちと、ろうあ者でも無力ではないと兄は力強く前向きに生きようとする。
私には、この音楽教師と兄の後ろ盾が心に響いた。
ギャガ・アカデミー賞受賞作品特集上映で見る。
良いストーリー
セリフの言い回し等アメリカらしい映画でした。
前情報入れずに見ましたが、障害✕家族を通してのストーリーは少し鬱展開なるのかなと思ってましたけど、あまり鬱々としてないストーリーでした。
恋愛展開は別に無くても良いかなと思いましたが、家族を通してのストーリーはとても良かったです。
演者の方がとても上手い演技をするなと思ってましたが、ホントにろう者の方もいました。
有名な俳優はいませんでしたが、とても良い演技だったので、この作品から飛躍して行ってほしい演者さん達でした!
聴こえる私が守らなきゃいけない
以前、仕事で手話を大勢の前でしなければいけない時があった。全くの経験が無いのに。
堪能な同僚に指導してもらい自分のパート分を必死に練習し、一応習得でき役目を果たせた。
その時、思っていたのは、
大勢の前でなく居られるならその方のところでやればいいのに、
不特定多数に対してなので、する必要性あるのかどうか、パフォーマンスでは⁉︎
など。
不得手だし、大勢の前で失敗したらとか消極的思考。
その後はする機会もなく。
もし、健聴者の誰もが母国語を話すように手話を習得していてそれが当たり前の世の中なら、
このお話のルビーは、もっと自由で肩に両親の期待がズッシリと乗る事もなくレッスンに遅刻もせずにいた筈だし、本作は生まれてはいなかったかも?
そんな世の中ではないので、本作はヒットした。
ただ、手話を身には付けていないが、代わるものがあった。
人々の心だ。
ルビーへの
父•母•兄の心、BFや先生の心、友人や保護者の心、そして、父と兄への漁師仲間の心。
多くの人の心がルビーを家族を温かく包み込む。そんな人々の温かい心たっぷりの作品だった。
『エール』と見比べましたが、どちらも良かった。ポーラとルビーが最後に歌う歌も。
[追記]
映画を観て良かった、とは思うが、
また別にこの作品がどうしろ、と訴えている訳ではないが、エンタメとして考えればいいのだが、何か心にそれでいいのか?と聞く声も聞こえそうで、しかし、多分、何もしないと思う。
どちらが好きか分かれる作品
やっぱりハリウッド、いいとこ取りしていくよね、
好みは分かれるのは当然だと思う、
ちなみに私はフランス版のオリジナルの方。
昔から基本フランス映画は好きなので、
ハリウッドは万人ウケしやすくしなきゃいけないからだいぶライトに柔らかい雰囲気に仕上がってたなという印象。
そこにもっと人間の泥臭さだの貪欲さだのはここにはない、ひたすら家族愛を見せる感動ものって感じかな、
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