劇場公開日 2021年12月24日

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「壮絶な拷問と殺戮の向こうに浮かぶ景色の美しさに嗚咽する、福音書由来のタイトルが鮮やかに映える韓流ノワールの新たなる金字塔」ただ悪より救いたまえ よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0壮絶な拷問と殺戮の向こうに浮かぶ景色の美しさに嗚咽する、福音書由来のタイトルが鮮やかに映える韓流ノワールの新たなる金字塔

2021年12月26日
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鑑賞方法:映画館

韓国の諜報機関で拷問と暗殺を手掛けていたインナムは組織の解体と共に国を追われ日本に8年もの間潜伏していた。そこにかかってきた1本の電話。依頼内容はヤクザのボス、コレエダの殺害。大物過ぎて誰も請けなかった仕事を難なく終えたインナムは引退を考え始めるが、そこに元恋人ヨンジュがタイで殺害されたことを知らされ急遽バンコクへ飛ぶ。遺体を確認したインナムに遺品として渡されたのが幼い少女ユミンの写真。彼女が自分の娘であり誘拐されて行方不明であることを知らされたインナムは彼女を救うためにバンコクの闇に足を踏み入れる。同じ頃コレエダの葬儀に現れたのは弟のレイ。兄の亡骸に復讐を誓ったレイは暗殺者の足取りを追いインナムの存在を知る。

冒頭から凄惨な殺人で幕を開ける本作。序盤で丹念に描写されるのは日本に潜伏しているインナムの空虚な生活。政府のために自らの手を汚し何もかも捧げてきたのに突然国を追われ、最後の仕事として請けた暗殺に自分の再生を重ねる。その壮絶な悲哀にスクリーンを見つめる全てのサラリーマンが己の半生をそこに重ねたことでしょう。インナムが背中を丸めて徘徊する東京が終始冷たい灰色に彩られているのも象徴的。この序盤があるから今度は一転ギラギラした陽光に灼かれるバンコクで娘の消息を追うため手当たり次第に怪しい連中を拷問して回るインナムの焦燥が鈍く輝きます。そしてインナムを追うレイもまた血も涙もない拷問で死屍累々を積み上げ、ついにインナムを視界に捉えた瞬間に弾けるレイの殺意、招かれざる刺客を静かに受け入れながらユミンを救うまでは死ぬわけにいかないインナムの揺るがない決意、それが金網越しに火花を散らすカットが余りにも美し過ぎて泣きました。

そしてドラマは性転換するための費用欲しさにインナムを助けるショーパブ歌手のユイ、タイ警察と特殊部隊、麻薬密売と臓器売買を生業とする闇組織を雪だるま式に巻き込みながら狂ったように爆走、駆除されるハエのように瞬殺されるザコキャラ達の阿鼻叫喚がドラマの核を徹底的に研ぎ澄まし、タバコの吸い殻でも棄てるかのようにばら撒かれた手榴弾が炸裂する地獄絵図の遥か向こうに見える景色に吐くほど泣きました。

どこまでも血塗れなのに途方もなく純粋で美しい結末に映える福音書由来の作品タイトル。韓流ノワールの歴史に壮絶な傑作がまた一つ名を連ねた、その余韻が重厚過ぎて客電が点いてもしばし席を立てませんでした。

よね