「意味深な映画」あのこと 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
意味深な映画
1960年代初頭と思しきフランスが舞台の映画でした。主人公は文学専攻の女子大生のアンヌ。成績優秀で担当教官からも将来を嘱望されるほど。ところが同年代の男子大生といい仲になり、生理が来ないので検査してみると、妊娠していることが発覚してアンヌの苦闘の物語は始まります。
これは観終わった後に調べたことですが、フランスでは19世紀初頭、まだナポレオンが皇帝だった1810年に制定された刑法により、中絶も避妊も違法とされており、1960年代に至ってもこの法律は生きていたようです。そのためアンヌは、普通の病院に行っても人工中絶手術を受けることが出来ず、自分で子宮に棒を突っ込んで堕胎を試みるものの失敗。最終的には同級生の男友達に紹介された非合法の中絶専門の女医(医師免許があるかすら不明だけど)に施術を依頼することになりました。
これまた鑑賞後に調べたことですが、当時人工中絶が非合法だったとは言え、その需要は少なからずあったようで、本作に登場するような非合法に中絶手術を請け負う女性が結構いたとか。ただ当たり前の話設備も技術も覚束無い闇医者が手術をする訳で、リスクも高かったようです。
そんな中絶禁止法がなくなり、フランスで人工中絶が合法化されたのは、この物語から10年以上経った1974年に成立した通称ヴェイユ法を待つことになるそうです。
要はこの物語、女性にとってのある意味暗黒時代の夜明け前を描いた作品でした。
興味深いのは、フランスで中絶が合法化されて半世紀ほど経過した訳ですが、同時期にロー対ウェイド判決により人工妊娠中絶が合法化されたアメリカにおいて、先ごろこうした流れに逆行する動きが出ているということ。事ある毎にアメリカの野卑で幼稚なところをバカにするフランスのこと、本作も婉曲的にアメリカの昨今の動きを皮肉っているのかしらと思わなくもないというのが感想でした。
肝心の映画の中身ですが、アンヌ役のアナマリア・ヴァルトロメイが難しい役柄に体当たりしていたのが印象的でした。親や友達に当たり散らしながらも、必死で中絶をしようとする哀れな姿を演じる様は、まさに迫真の演技でした。
あと、筋とは全く関係ありませんが、アンヌに闇医者を紹介した同級生役のケイシー・モッテ・クラインが、若い頃のプーチンに似ていて何となく笑ってしまいました。
そんな訳で、体当たりの演技で物語を面白くしてくれたアナマリア・ヴァルトロメイの活躍に★4の評価としたいと思います。