「結構泥臭い実話の映画化ですが英国流の切れ味鋭いシャレがワサビのように効いたハッピーで楽しいヒューマンストーリー」ドリーム・ホース よねさんの映画レビュー(感想・評価)
結構泥臭い実話の映画化ですが英国流の切れ味鋭いシャレがワサビのように効いたハッピーで楽しいヒューマンストーリー
英国ウェールズの谷間にある小さな村。昼はスーパー、夜はパブでパート勤務のかたわら失業中の夫ブライアンの世話と両親の介護をする毎日を送っているジャン。ある日税理士のハワードが競走馬オーナーの話をしているのを聞いて強い興味を抱いたジャンは突然競走馬飼育について独学で猛勉強を始め、ついに家畜の飼育に長けたブライアンを説得して血統のいい牝馬を購入、村で共同オーナーを募るチラシを配ってパブに集まった人達と馬主組合を立ち上げる。“ドリーム・アライアンス”と名付けられた仔馬はジャン達の期待を背負ってスクスクと育ち、いよいよデビュー戦に臨むが・・・という実話ベースのドラマ。
ジャンの献身にも関わらず我儘言い放題の両親、リビングで朝から晩までテレビを観ているだけの夫、自分を押し殺して毎日を過ごすジャンがなぜ競走馬を育てようと思ったのか、中盤でボソッと語られるその思いは老境に差し掛かった自分の現況が激しく揺さぶります。ドリーム号が成長するにつれてジャン達の希望がパブで酒を酌み交わすくらいしか娯楽のない村全体にじわじわと染み渡っていく様がとにかく爽やかで、クライマックスの熱狂は『インビクタス 負けざる者たち』のそれに匹敵する熱量。今を生きる観客の傍にあるもののと同じ憂鬱を飛び越えて疾走するドリーム号の勇姿に1円も出資していない自分もしっかり泣かされました。
最近では『へレディタリー 継承』や『ナイトメア・アリー』でのエキセントリックな怪演が印象的なトニ・コレットが本作では慎ましやかな演技を披露、雷に打たれたように使命に目覚めたことで笑顔を取り戻す様を見事に体現しています。
上記な書き方をすると湿っぽい作品を思い浮かべるかも知れませんが、そこは英国映画なので切れ味鋭いシャレがいくつも仕込まれています。特に痛快なのが独居老人カービーがパブのカラオケで披露する『デライラ』。トム・ジョーンズの歌として有名ですが、楽しい宴の最中にブチ込まれる壮絶な嫉妬に裏打ちされた凄い歌詞にドン引きです。しかもこれが結構重要な前振りにもなっているのでオーソドックスなようでいて実は画期的な終幕では泣きながら大爆笑です。英国人にしか解らないようなカメオ出演(キャサリン・ジェンキンスとクレア・ボールディングって言われてもサッパリ・・・)もあったりしてやりたい放題の楽しい作品になっています。