「いつまでもピーター・パンでいられやしないけど…」ピーター・パン&ウェンディ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
いつまでもピーター・パンでいられやしないけど…
最も有名なのは1953年のディズニー・アニメだが、サイレント時代から。以降も大人になったり、オーソドックスに冒険したり、始まりを描いたり。別口ならば原作者の伝記やディズニー・アニメの続編や妖精のスピンオフ。
映像化は数知れず。誰だってこの“永遠の少年”は憧れ。
昨今実写リメイク続くディズニーがやらない訳ない。新解釈や新要素を交えて。
時々それは賛否の的になるが、ディズニー・アニメ版の実写リメイクにはそれが必要だったかもしれない。
人気のディズニー・アニメ版だが、差別的な描写が批判されていたのは有名な話。
ステレオタイプなインディアン描写。酋長は肌が赤い。
女の子だからとないがしろにされるウェンディ。“母親”や“尽くす女性”のポジション。
またディズニー・アニメ版ではないが、いつぞやの“始まり”では、タイガー・リリーを白人のルーニー・マーラが演じ大炎上。
そこら辺どうなったか…?
“ロストボーイズ”に女の子や自閉症の子供が混じったり、海賊にも女性や黒人が。いつもながらの…だが、まあ集団ならこれはこれであり。
タイガー・リリーには先住民の血を引く女優を起用。が、インディアンはタイガー・リリーしか登場せず、人魚も出てこない。
上手く逸らしたつもりが、別の問題が。ティンカー・ベルの黒人化。
勿論またこういう事を言う事自体人種差別なのも分かる。それを踏まえて敢えて。我々がティンカー・ベルを思い浮かべた時…。『リトル・マーメイド』もそうだが、ファンの愛するイメージを崩すな。
人種云々より、アニメではウェンディに嫉妬するなど魅力やキャラ立ちしていたが、今回はそういった描写はカットされ、魅力も印象もずっと薄く…。
タイトルから分かる通り、ウェンディをもう一人の主人公に。と言うか、ウェンディ視線にもなっており、キャラ描写も変更されている。
母親的なポジションだったが、元々のキャラ設定通り“お姉さん”的。
性格も複雑な胸中。アニメではおとぎ話を信じる女の子であったが、大人になりたくない、子供のままでいたい。子供と大人の間で悩む。
これが描けたのも、子供たちの中でいち早く大人になるウェンディだからこそ。
いつまでも子供のままでいられるのか…? 大人になる事は“罪”なのか…? 図らずも“永遠の少年”との出会いと大人にならなくていい夢の島で答えを見出だす。
演じたエヴァー・アンダーソンの美少女っぷり。見てたら、誰かに似てる…? そうだ。思い出した。ミラ・ジョヴォヴィッチの娘だ。どうりで美少女な訳だ。
ウェンディ以外のキャラ描写も。
ピーター・パン。私は『ピーター・パン』という作品は好きだが、特にディズニー・アニメ版に於けるピーターのキャラはあまり好きではない。
勇気があって、自由気ままで、欠点がない所が私にとっては欠点。自己チュー、自惚れ、自意識過剰、自信家でちと鼻に付く。似たような理由で日本で超人気の“名探偵”もあまり好きになれない。
本作でも当初はアニメ版と変わらぬが、少しずつ自分や周りを見つめ直し始める。終盤、ある人物に謝罪を…。
これまでのどの映像化でも、私はピーターより圧倒的にフック船長派だ。
アニメ版ではいつもいつもピーターに敗北し、同情や応援したくなる。『トムとジェリー』で言ったらトムなのだ。
元々の原作では紳士的な面もあるというフック船長。ところがアニメ版では間抜けな大人。駄々を捏ねたり、ピーター以上に子供じみている。ちなみにピーターは原作ではもっと子供じみた性格らしい。
各映像化ではキャラ設定は様々だが、私は昔からアニメ版のフック船長のキャラ描写にこそ同情を禁じえなかった。
今回フック船長にジュード・ロウを配し、イケオジに! 見た目だけではなく、ピーターと関わるある過去を持たせ、キャラ描写をより掘り下げ。勿論演じたジュード・ロウの演技によるものも大きい。
ピーターとフック船長がいがみ合い続ける理由…。
フック船長ことジェームズ・フックもかつてはロストボーイズだった。ピーターとは親友だった。が、ある時ジェームズが母親を恋しく思い、ピーターによって島を追い出され…。島を出たジェームズだったが、結局母親には会えず、海を漂流していた所をスミーに救われ、海賊の仲間に。やがて海賊どもを率いる邪悪で残忍なフック船長に…。
ピーターが悪いんじゃん! いやいや、ずっと島にいれば良かったのに島を出て悪い大人になり復讐しようとするフックも悪い。要は、水掛け論。
どっちもどっちだが、子供のままでいる事がやはりいいのか、大人になったがそのなり方を間違えたのか、考えさせられる。
それも含めピーターとフック船長のオリジナル新設定、悪くなかった。
あるシーンのフック船長の台詞やEDクレジット中の映像などにも印象残させる。
基本ファミリーでも楽しめるが、シリアスな大人向きメッセージも含み、監督デヴィッド・ロウリーの色が出たと言えよう。
クライム・ドラマ、ホラー、ダーク・ファンタジー…手掛けてきた作品の中で本作は異色に思えたが、そういや前にもディズニーの『ピートと秘密の友達』を手掛けていた事を思い出した。
ファンタジーも出来て、シリアスも出来て、ディズニーとも縁あり。ぴったりの人選だったか、否か。
いざ、ネバーランドへ! 序盤の最もワクワクシーンだが、あの名曲掛からず、ワクワク感が…。
空を飛ぶが魅力。が、ちと合成が目立ち、あまり浮遊感も感じられず…。
ネバーランドってもっと夢ある島だった筈。何だかどんよりし、暗い孤島って感じ。劇中でも言っていたこれが“現実”のネバーランド…?
さほど冒険らしい冒険もせず、夢の島ネバーランドで各々内面と向き合う。そんなのロンドンでも出来るよ。
クライマックスの空飛ぶ海賊船でのバトルでようやく。
が、出航が遅れた。ファンタスティックさやエンタメ性もあるが、もうちょっと全体的にワクワク高揚が欲しかったし、ビジュアル面も乏しかった。
チクタクチクタクワニはインパクト充分。あそこだけモンパニ映画。フック船長でなくともトラウマになるよ。
子供でいる事。
大人になるという事。
双方にメッセージを込めた意欲作ではあったが…、『ピーター・パン』の実写化はなかなか鬼門。
一番素直に面白かったのは、“大人になったピーター・パン”というのは皮肉でしかない。
いつまでも子供のままではいられない。
おとぎ話のように単純じゃない。
でも、その心を忘れないで。
それが私たちの心の中の“ピーター・パン”。