「鑑賞後に湧いてくる様々な考え」ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語 3Vさんの映画レビュー(感想・評価)
鑑賞後に湧いてくる様々な考え
アラビア出身の友人の勧めで見に行った。見てよかったと思う。映画はアラブの重要な伝承を描いているらしい。ヤマトタケルが何者なのかを他国の人が知る由もないのと同じで、日本生まれの自分にはこの作品の歴史的な背景が分からない。だが、そういう気づきを与えてくれるだけでも価値があった。この物語を文字で読んだら興味を抱くきっかけが得られなかっただろうが、アニメのおかげでかの地の人々の情念に触れられたように感じる。
映画は、象の軍隊を率いるアブラハという軍師と、アブラハに襲撃されたメッカ市民との攻防を描いている。アブラハを検索すると6世紀に実在した人物で、この物語の舞台がイスラム教のはじまる直前だとわかる。だとするとメッカの民が土地の象徴として守ろうとしているカアバ神殿とは何なのか?メッカの人々が自分たちを鼓舞するために旧約聖書の逸話を語るシーンからすると、当時のカアバ神殿ではユダヤの民が信じたと同じ絶対神を奉っていたのだろうか?であればムハンマドの登場によってそれまでの信仰がどう更新されたのか?悪役のアブラハは無神論者のように描かれているが、インターネット上にはクリスチャンであったという解説もある。では絶対神を信じる者同士がなぜ戦ったのか?現代社会に巨大な影響を及ぼしている預言者の伝統文化を自分は何も知らないということを痛感する。
民族の危機に際して神の御業を待望する感情は、神風の思想で多くの若者の命を失った日本国民にとっては思い出したくないものだ。この映画にはそういう感情のうねりが強くある。それは日本では明らかに敬遠される類のものだが、それを避けたら物語の軸がなくなってしまう。敵の奴隷にされるか、それとも神あるいは超越的な何かを信じて命がけで戦うか、そういう心情で生きている人々が今も世界各地にいる。見たくないものは見ないというのでは平和主義は成立しないだろう。映画を見終えて、自分の環境についてそう考えた。