劇場公開日 2021年6月1日

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「心に残る佳作」女たち 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0心に残る佳作

2021年6月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 何年か前に、最も美しい日本語は何かというアンケートがあった記憶がある。詳細は忘れたが、アンケートの結果は「ありがとう」が断然一位だった。謝謝、メルシー、グラッチェ、ダンケ、グラシアス、スパシーバ、カムサハムニダなど、外国語で最初に覚えるのが「ありがとう」だ。多分コミュニケーションに一番必要な言葉が「ありがとう」だからだろう。理に適っていると思う。This is a pen を最初に覚えさせられるのは英語くらいなものだ。日本の英語教育はアホである。

 さて「ありがとう」が最も美しい日本語だと言いながら、物心ついた子供に親が強制するのは「ありがとう」よりも「ごめんなさい」である。親は先ず子供に悪いことの事例を教える。悪いことをしたら「ごめんなさい」と言えと命令する。悪いという言葉の概念を説明することはない。多分出来ないのだと思う。親が悪いことだと思ったら、それは悪いことなのだ。悪いことは物を壊すこと、他人に危害を加えること、それに親の言うことをきかないことだ。反した行動はすべて悪いことであり「ごめんなさい」と謝らなければならないことである。
 外国の子供はどうか知らないが、日本の子供は「ありがとう」よりも「ごめんなさい」で育てられている気がする。親や他人に迷惑を掛けるな、決められたことはやれ、という2点で子供を縛り付けて、失敗すると「ごめんなさい」を言わされる。「ごめんなさい」が高じると、自分がこの世界にいてはいけないのではないかと、自分自身を追い詰めることになる。そして最後は「生まれてきてごめんなさい」となるのだ。自殺する子供の多くがこういう精神性にまで追い込まれていると思う。

 本作品で倉科カナが演じた香織がまさに「ごめんなさい」の精神性のまま大人になってしまったような女性で、おそらく男性から暴力を受け続けたトラウマの持ち主でもある。その心は壊れ物で、少しの衝撃で粉々に砕け散ってしまう。
 一方、香織の親友である雨宮美咲は「ごめんなさい」よりも「ありがとう」で育った感がある。亡くなったお父さんは娘を大切にしたのだと思う。「ありがとう」の子供には「ごめんなさい」の子供の弱さがわからない。美咲は親友といいつつも、香織の弱さがわかっていなかった。

 本作品はコロナ禍の状況を庶民の視線で描いている。田舎暮らしでも都会と同様に、コロナ禍のしわ寄せは常に弱い人に向けられる。仕事がなくなり収入が絶たれて、このまま行くと首を括る選択しかない。2021年6月現在の状況はまさにそういう状況だ。将来には不安しかない。このあたりは非常に共感できる。
 美咲は追い込まれる。しかし追い込まれても見栄を張る。美咲を演じた篠原ゆき子は女の虚勢を演じるのがとても上手い。自分を求める男もいるし、自分を必要とする母親もいる。自分に罵詈雑言を浴びせ続けるクズだが、それでも母親だ。自分がいなければ生きていけない。自分は「ありがとう」を言われるべき人間だ。

 しかし香織は違う。他人のせいにすることが出来ない。何もかも自分のせいだ。雨が降るのも自分のせい。こんなときは親友の美咲と過ごす優しい時間がほしい。しかし美咲は忙しいらしい。そうだ、妹に電話しよう、でもなんだか妹も忙しいみたい、電話してごめんね、何も出来なくてごめんね、それでもお姉ちゃんは頑張って生きてきたんだよ。
 降りしきる雨の中、倉科カナの渾身の演技だ。この場面が本作品の白眉である。薄いガラス細工のような香織の心が激しい雨に打たれて壊れていく、、、壊れていく。夢とか希望とかあるのと美咲に聞いたが、本当は自分の心に聞いていた。自分に夢や希望はあるのか。考えても思い浮かばない。日々の暮らしはあるけど、だんだん苦しくなってきている。何のために生きているのか。これ以上、苦しみながら生きていく意味があるのか。ああ、生きていてごめんなさい。
 鑑賞後に思い浮かぶのは倉科カナの香織のシーンばかりだ。それほど強烈なシーンだった。このシーンを撮りたかったから本作品を作ったのではないかと思われるほどだ。せめて誰かが香織に「ありがとう」と言ってあげられればよかったと、気持ちは作品の中に入ってしまっている。
 心に残る佳作である。

耶馬英彦
耶馬英彦さんのコメント
2021年8月15日

コメントのゆうという人は、コメントとレビューとを混同して使っているようです。試しにこの方のレビューを見ましたが、全てのレビューでコメントを拒否していました。

耶馬英彦
ゆうさんのコメント
2021年6月9日

コメント読みました。
香織は中二病で共感出来ますか?私のコメント読んでください。映画が好きなら目をさますべきです。良作の映画を見る心を身に着けてください。それが今後の日本映画を良くします。

ゆう