声優夫婦の甘くない生活のレビュー・感想・評価
全44件中、21~40件目を表示
予告とか解説を見ていて─大体予想通り
ほぼ予想していたような内容だったので、面白かったけれど、それほど大笑いもせず、驚くような展開もなかったので、個人的にはフェリーニへの思い入れも希薄であるため、可もなく不可もなくといった印象。
私がマルガリータよ。さあ今夜は何がお望み?
イスラエルに移住してきた、ソ連で生まれ育ったユダヤ人夫婦。二人は有名な声優同志。夫ヴィクトルは「あの声で恋をした。まだ会いもしないうちに」と妻ラヤの魅力を語る。しかし、その言葉は甘い響きをもつ思い出であるのみならず、物語の重要なカギを握ることになる。そう、その声だからこそ、吃音の男も恋をし、夫も気付くのだから。
ラヤの仕事ぶりは、生活のためだけでなく、今の自分の存在を確かめるかのような充実ささえ感じる。だからこその反動(嘘のしっぺ返し)として、差し出された"百万本の紅いバラ"が虚しく悲しいのだ。この歌と言えば、僕には「北の国から」の正吉なのだけど、あの時正吉が用意したバラに負けないくらいにとっても切ないシーンとなっていた。なぜならば、はじめ、夫に従う慎しみ深い妻に見えた岸田今日子似のラヤが、もっとも感情豊かな表情をするのは、この別れのときなのだから。それは、純愛だとは、言えない。誠実とは、ほど遠い。けど、惜しいものを失ったのだということは痛いほどよくわかるのだよな。
原題は「Golden Voices」か。ヴィクトルも含めて、ということか。意味深だなあ。
声優と言う職業
冷戦終結後の1990年にソ連からイスラエルに移住してきた声優夫婦の暮らしぶりを通して戦争や移民問題を皮肉たっぷりにあぶりだしたヒューマンコメディ。フセインによる毒ガス攻撃に備えて市民にガスマスクが配給されていたことに驚かされた。
この映画には映画愛、特にフェリーニに対する監督の想いが描かれてると同時に、年老いた夫婦が新天地において、人生をやり直そうとする奮闘ぶりが面白おかしく描かれている。
まぁ日本で声優と言うと、たいていがアニメの声優だが、あちらでは外国映画の吹き替え声優のことを指すのは、昔の出来事ならではの職種であろうか。
ただ描かれた時代は中東が湾岸危機に陥っており、ソ連もベルリンの壁崩壊後で国時代が崩壊の危機に晒されてる?時に、敢えて母国?のイスラエルに行った経緯がよくわからなかった。最初、他事考えてしまっており見過ごしたのかもしれないが・・・
にしても、上映時間も約90分と丁度良い塩梅で、内容も悪くなく、それなりに楽しめました。
意外な面白さ!
ソ連という国が分かれる少し前にイスラエルに移住した夫婦の話。
東西冷戦の影響がまだ色濃く残る中で東側から西側へと世界観が丸っきり変わる様子をベースに、西側の環境で奮闘する夫婦の関係が非常に面白い!!
観て損はありません。
【"最近、長年連れ添った相手の本音を聴いた事はあるかい?" 妻帯者には、身に染みた”アキ風味”溢れる不器用だが、温かい夫婦愛を描いた作品。】
-私が、家人の"本音"を聴いたのは、いつ以来だろう・・。-
◆ソビエト連邦崩壊後、多数のロシア系ユダヤ人達が新しい、より良き生活を求め、イスラエルに押し寄せた・・。
-冒頭の飛行機の中の彼らの不安と期待が、綯交ぜになっている顔、顔、顔が、印象的である。そして、今作品がアーティスティックな映画である事も何となく、分かる。-
◆60歳を越えたフレンケル夫妻も然り。旧ソビエトでは、映画の吹き替え声優だったが、新天地では、なかなか良い仕事がない。
妻のラヤは、夫のヴィクトルには"化粧品の電話販売"と言いながら、テレフォンセックスの仕事に付き、巧みな声色を武器に"マルガリータ"として、働き始める。
- マルガリータと話すと、"生きている実感が得られる"と言う吃音の男と、マルガリータが彼と三匹のイルカのモニュメントの下で会う約束を交わし、ラヤが男の姿を近くのカフェから見ているシーン。
そして、男がラヤがマルガリータと知らずに、楽しそうに話すシーンが印象的である。
相手の身元が分からないからこそ、気軽に話せるのであろう・・、この二人にとっては・・。
そして、男の車で仕事場近くまで送って貰ったラヤは、親愛を抱いた男に突然キスをするが、驚いてしまう男。
そしてラヤが男に低い声で"私がマルガリータだよ・・"と告げるシーン。
怖くて、悲しいシーンである。-
◆ヴィクトルにラヤの本当の仕事が、バレてしまい、二人は別々に暮らす事に。
- 仕方がないのかな?
ヴィクトルは妻に優しい言葉をかけられないのかな・・”僕の稼ぎが悪くてすまんな・・”とかさあ・・。-
◆フセインのガス爆弾が、イスラエルを襲うシーン。懸命にラヤを探すヴィクトルの姿。
ー やっぱり、ヴィクトルはラヤが大切なんだよね。
そして、ラヤもヴィクトルが関わったロシア語版「8 1/2」を観に、映画館に来ていたしね。-
<長年連れ添っている相手とは、つい本音を交わさなくなってしまう。それは、言わなくても、気持ちが通じるからだ。だが、たまにはキチンと声に出してお互いの本音を言いあう事の大切さに気付かせてくれた作品。>
夫婦の絆
長年連れ添った二人の時間はかけがえのないものであるが、
感情的に互いを思いやる心、またコミュニケーションでお互いをわかり合うことを続け、
そういったことが二人の絆になる。
相手のためならば力が湧いてくる。打算で生きているわけではないのだから。
100万本の薔薇🌹 マルガリータ(カクテル)は無言の愛
原題は Golden Voices でした。
1990年ソ連崩壊時にイスラエルに帰ってきた還暦過ぎた声優夫婦ヴィクトルとラヤの物語。
ソ連体制では公開できない西側の映画が結構たくさんあって、ヴィクトルがソ連の文化庁を説得して公開できたとされるフェデルコ・フェリーニ監督作品 8 1/2 の話しが、素人吹き替え違法ダビングビデオ店でなされます。クレイマー・クレイマーもヴィクトルがダスティン・ホフマンの吹替えをしていて、店に入るなり、ちょうどモニターに映るシーンにひとりワープし、気味悪がられるシーンなども。イスラエルには当時、ロシアから帰国した人々向けにいろんな商売があったんですね。テレホンセックスも本当にあったんですかね~ 店内の様子や女店主、とうとう店に電話してしまうヴィクトルなど、すごく丁寧に描かれていてよかったです。一度は「電話での香水販売」を断ったラナが新聞に隠してエロ雑誌を読んで参考にしようとしているシーンは還暦過ぎたオバサンの並々ならぬ決意を感じました。「マルガリータは駄目よ、ナターシャとかカターニャ、マリアとか、30歳にしなさい、うーん、22歳よ」とかっていうやり手の店長も、思い出の映画VHSをトンカチで叩き壊すヴィクトルからラナを自分の部屋に一時避難させてあげる。「イスラエル 親切なロシア風俗店」だった。 夫婦の馴れ初めはラヤが吹き替えしたフェデルコ・フェリーニの「カリビアの夜」の声にヴィクトルが惚れたのであった。あれから40年。マルガリータにぞっこんの吃音の男性とのシーンといい、ラナの魅力が溢れていました。まさに Golden Voices でした。テレフォンの仕事するうちになんだか、肌にも張りと艶が出てきたような気がしました。ガスマスクや空港から乗る車がベンツだったりと風刺的笑いもほどよく、切なさと優しさと絆の強さと愛。ベテランのふたりにものすごく癒されました。上質な映画でした。空襲警報のバイト代は貰えたのでしょうか?
🎵 夜中にいきなりさ 電話かけたくなって
(中略)
🎵 別にアレを求めてないけど 君の声を聞くと思い出す
ハラショ ハラショ&スパ シーバ
「香水」のせいだよ~
チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ チュ~
男は誇りを捨てられず、女は生を優先する
なんとなぁくおもしろそうな雰囲気だったので鑑賞。
あまり期待していなかったけど、ほっこりと
心に染み入る物語でした。殺伐することもなく。
なるほどなるほど、そーいうお話だったか。
結局男性はどうにも捨てられないプライドと、
女心をわかったふりして「君のことを考えているんだ」と言い続け、
最悪を突きつけられた時に(懸命な男性は)気づくんですね。
そりゃぁ、いくら頑張って添い遂げようとしてる女性でも愛想つかしますね。
男性なんて結局、やりたいことやってるに過ぎませんから。
そして女性はやはり、強い。
生きるためにすべきことをする。そして、今置かれている状況で生を謳歌する。
かなりアグレッシブな女性ですが、そりゃぁ夢を見たくなるほど新生活は
刺激的だったんでしょうね。攻めるとその分の見返りもあるのが人生ですが・・。
結局は誰かが我慢している限り、他人同志の関係はなんらかのヒビが入っちゃうんですねぇ。
なんとも、悲しい話ですね。良かれと思ってるんですが。。。。夫婦って難しい。
で、この作品。
その二人の人生の「映画」がまた取り持ってくれるってあたりがなかなかイカしてます。
戦争の匂いを感じさせる背景の中でのドラマですが、なかなか軽やかにシニア夫婦の
何回目かの恋を粋に見せてくれる良作です。
フェリーニ愛 映画愛
初めて知りました。フェリーニの81/2が当初ソビエトで上映禁止だったことを。私もそういう国で生まれたら色んな映画体験ができないってこと?それはそれは死活問題です。
私は映画は字幕で鑑賞する派ですが、吹替で鑑賞する場合も大いにありますよね。例えば目が見えなくなったり、老いた時など。考えたことがなかったのですが、そうなったら声優の技術ってめちゃくちゃ大事。ただ模倣するだけでは駄目な気がするし、ラヤさんの幅広の技術も凄いものがありましたね。
基本的に日本人は変化を嫌い移動をしない民族ですが、ユダヤ人の移動をするガッツには頭が下がります。勿論そこには政治情勢、社会情勢の影響があるからなのですが、それにしても凄い。私も日本を出る目論見があるので、まだまだやれそうじゃないと声優夫婦から元気を貰いました。スターリン体制も国家解体も毒ガスマスクも生きてたら色々ありますよね(普通はないか)。
知的であり、シュール。欧州映画好きな方には、特に鑑賞して欲しい作品です。
誇りっぽい夫とチャーミングな妻
自尊心は大事だけれど、過去の立派な履歴書はリセットして、新たな土地でやっていこうという意気込みでイスラエルに移住した?のかなぁ…
リセットできない夫、誇りが邪魔してイヤな人になりかける。
チャーミングで秘密の仕事に頑張る、根は真面目な妻、彼女らしいイタイ勘違い。
映画愛ですね。
映画愛を感じました
1990年、ソ連からイスラエルへ移民したヴィクトルとラヤはヨーロッパやハリウッド映画をソ連で吹き替えするベテラン声優夫婦。
生活の為にイスラエルで仕事を探すが妻は夫には電話の営業と伝えて実はテレフォンセックスで定職に、夫は海賊版レンタルビデオの吹き替えで何とか威厳を保つ。
ユーモアのある笑えるシーンも多々ありますが、真剣に生きる老夫婦の姿がいじらしいです。
妻が内緒でテレフォンセックスの客と海辺で待ち合わせして遠くから眺めるシーンが個人的には興味深かったです。
世界各国でも変わらない映画愛が伝わってきます。
年配夫婦と声優志望の方にはぜひ見てもらいたい作品です。
イスラエルの岸田今日子さんがかわいらしい
はじめてのイスラエル映画でした。
旧ソ連が崩壊したニュースは、当時、連日テレビで報道され、ロシア語を耳にしたものです。
でもたくさんのユダヤ人が旧ソ連に住んでいたことは知らなかったし、またたくさんのユダヤ人が旧ソ連を出て、イスラエルを目指したことも知りませんでした。
世間の世知辛さ、妻の気持ちがわからない不器用な夫、夫婦のすれ違い、移民問題など普遍的なテーマをくすっと笑わせるユーモアを交えて綴っています。
さまざまなエピソードが折り重なって、かめばかむほど味わい深い佳作になっています。
将来、また観ると思います。
ブルーグリーンの使われ方が印象的でした。
普遍的な事と移民独特、それぞれの苦しみ
夫婦ってものは、お互い我慢してたら破綻して、常に本音で言いあってないといかんね!
& 夫婦で同じ仕事しているからって、同じ目標を持っているわけではないから、強制したらあかん!
という普遍的教訓とともに、移民の悲しみや苦しみも。
言葉の壁や、文化の違いは大変よね、と。
ところどころ人情噺にもなっていて。
それを、フセインのイスラエルへのスカッド攻撃を交えて、コミカルな喜劇にまとめた手腕がすごかった。
2つのキスシーンがあるんですけど、このそれぞれの意味合いの違いが面白かった。
ラストのキスシーンは、妙に艶(なま)めかしく、胸に沁みました。
自分が歳を取ったからかもしれません。
#113 欲しいものとは
何かを探す人間の物語。
ユダヤ人として生きるためにソ連からイスラエルに来たけど、欲しい物は手に入らない。
声だけ聞いて理想とする女性に会いに来た男が主役の2人の気持ちを象徴している。
全体的に静かなせいか、またまた寝てしまった。最近静かな映画はすぐ寝ちゃうのがたまにキズ😡
映画好きなら
吹き替え俳優の中年夫婦、ロシアからイスラエルへの移民、才能を活かしてのテレフォンセックスのバイトや海賊版ビデオ作りなどなど、題材的に楽しめる。ほろ苦い大人の映画で、中年既婚者ならいろいろ思うところあり。
熊男ダンナと可愛いラヤ
言葉ができない土地に行って、生活する、仕事するってなんて大変なんだろう!ユダヤの人達は大昔からそうやって生きてきた。
湾岸戦争勃発で1991年のヨーロッパ行きをやめたので、その頃の情勢はよく覚えている。でもベルリンの壁とソ連が崩壊して、ソ連の多くのユダヤ人がイスラエルに移住したというのは知らなかった。
私は吹き替えより字幕が好きだけど、黄金の声の声優が映画に命を与えたという箇所には、ぐっときた。表音文字の国では、字幕で映画見るのはかなりきつい。だからこそ声優の役割はとても大きいと思った。
香水を売るのは洋服を売るのとは訳が違う。お客様の好みと人生を把握して、自分の言葉が命。そして、想像力と創造力と妄想力が求められる。その上、この映画の香水売りは声だけで勝負しなければならない!ラヤは柔軟で好奇心旺盛で生活力もあって素晴らしい。もともとあった能力が開花したし!ダンナは「昔」や「俺の仕事」にこだわっている。悪気はないがあまりに不器用ではないでしょうか!声だけですぐに妻と分かったのは職業上とはいえ、その声に惚れたからでしょ!なら笑顔で妻と楽しく会話しましょうね。
地中海に面するイスラエルはヨーロッパの人達のリゾート地で、温暖で果物も食事も美味しいらしい。二人が肩を並べて散歩してたのは、ヤシの木の並木道だった。行きたいな、イスラエル。
男と女はすれ違い〜♪
環境の変化に対して、年齢を重ねるほど男性より女性のほうが順応性があるという典型
妻役の女優が岸田今日子に似た感じで、可愛らしくもあり色気もどんどん増してくる
設定が素晴らしい大人の恋愛映画
ラストの映画館のシーンも笑いを交えており最高!
人生は甘じょっぱい位が丁度いい!
予告編でお茶目な笑いを引き出してくれただけに期待感が高かった
第2の人生に誰もが甘い期待と希望を持っているだろう
イスラエルに移住した主人公、スター声優夫婦も同じ思いだったはず…
が、新天地ではどうにも仕事が見つからず
お互い法に触れてしまう怪しい仕事につく
だが、どうしたものか妻が隠れた才能を発揮してイキイキとして行く所や、ちょいとした恋のトキメキにまで…
声だけで無く心まで乙女に見える妻がなんともチャーミング!
そんな妻をぶっきらぼうで表現下手な夫は心配でたまらない…熟年夫婦の新たな人生がお互いの感情と誇りと共にぶつかり合い再び強い絆で結ばれて行く
心に柔らかく触れるコメディ
名匠フェリーニにへのオマージュを最大、最高に捧げている監督の映画愛も箇所箇所から伝わる
いずれ訪れる第2の人生
「もう歳だから💦」と
軽く口にする様な歳の重ね方をしたくないっ!
と自分に言い聞かせたくなる入り口が見つかったかな😊
【8 1/2】
フェリーニの「8 1/2」には現実逃避が描かれる。
ラヤのテレフォンセックスの仕事を現実逃避になぞらえて、これを引用したのだろうか。
それとも、ノスタルジーを呼び起こそうとしたのだろうか。
まあ、両方かもしれない。
少なくとも、ラヤは仕事にやりがいを感じ、電話相手に夢見心地の時間を与えているという自己満足もあった。
しかし、電話の相手は、自分の作った声に恋し、現実の自分と声をマヤのものとは看做さない。
相手の空想が、現実を受け入れられないこともある。
自分が全てをコントロールしているわけではないのだ。
それこそが現実なのだ。
なかなか、自分の殻から抜け出そうとしないヴィクトル。
だが、引用された「8 1/2」は、もう一つの重要なことを指し示していると思う。
このタイトルの理由だ。
フェリーニ、8番目の作品にして、共同制作の作品。
1/2は、共同制作という意味なのだ。
おそらく長く連れ添った夫婦は、あれこれ波風が立つことがあっても共同作業を続けて来たのだ。
変わろうとするヴィクトル。
ソ連東欧の社会主義が崩壊して、イスラエルに亡命したソ連のユダヤ人は、現実逃避をしたわけではあるまい。
イスラエルで、大変な思いをしながら生活していたのだ。
おそらく、支え合いながら。
長年共にしてきたから生まれる深みのある愛
ソ連からイスラエルに移民してきた夫ヴィクトルと妻ラヤの熟年夫婦姿を描いた作品。
この夫婦はソ連で過ごしてきた時は国民的な声優として活躍していた。イスラエルでも映画の吹き替え声優業を希望していた2人だが、国内全体が娯楽に興味を抱き人が集まる事がないため当初は中々吹き替え声優業の職が見つからない。
ヴィクトルはチラシ貼りを始める。ラヤは情報不足で面接にいった職場で若々しい声を持っている事を評価されテレフォンセックスいわゆるテレクラ?みたいな仕事をヴィクトルに内緒で始める。
ヴィクトルは夫婦でまた声優として働けるよう、いろんな場所、人を必死にあたるがラヤは今の仕事で自分の声を評価し喜んでくれる人と出会う事で喜びを感じてしまう。
ラヤはその浮かれた気持ちでヴィクトルに接するが妻だけ働いて自分はきちんと働けてない状況に苛立ちや不安を抱えてる事もあってかラヤに優しく接する事ができない。
そんなヴィクトルも一時は映画盗撮で捕まりかけたが要約声優業の仕事が見つかり浮かれる。そんな矢先に新聞広告にあったテレクラに電話しラヤが働いてる事を知る。
そこから2人は一時的に別々に暮らし始める。ラヤはそして電話越して自分を愛してくれる客と出会う事になる。ただ客とあったラヤだがラヤの存在を理解しておらずあくまで声だけを評価し、若い女性であると勘違いしていたから評価されていた現実を改めて感じ大きく傷つく。
最後は緊張関係にあった隣国のリーダーフセインがミサイルを発射し国内がパニックに。別々にいたヴィクトルはラヤを必死に探しそしてキスをして仲直りしたところで話は終わる。
非常に心温まる熟年夫婦を描いたヒューマンドラマでありとても好きな作品となった。
特に好きなのはヴィクトルの姿。ラヤの事を愛しているのは伝わる。車で職場まで送りなにかあればすぐに飛びつき、仕事探しも共にし、彼女の事を常に考えてるのはとても伝わる。ただ愛情表現はおそらく昔のような情熱さは薄れていってるのだろう。言葉や行動で表すようなストレートな愛情表現はない。
一方ラヤはヴィクトルを立ててサポートしているのがわかる。彼に逆らう事なく常に彼の意見を尊重しているのが伝わる。
もちろん長年共に過ごせば不満はある。それも夫婦にはつきものであろう。ラヤはテレクラの仕事を始め、ストレートに愛情表現をしてくれる事に長年求めていた欲を刺激されヴィクトルにぶつかってしまったわけだ。
時には相手が持っていないものを持ってる他人に魅力を感じてしまう事もあるだろう。でも所詮他人は他人。ヴィクトルの最後の行動のように結局自分の事を誰よりも思っているのが妻であり、夫である。
ヴィクトルが最後は自然とラヤにキスをする事でラヤが長年求めていたストレートな愛情表現を得られる事ができ幸せそうな姿はこの作品の最も美しいところだ。
ヴィクトルがラヤのテレクラを知ったところや、ハンマーで思い出のビデオを壊すところ、ハンマーで暴れたのが原因で賃貸から追い出されるところとシュールな笑いもあり非常に楽しませてもらった。
ヴィクトルの容姿そして繊細で神経質な性格な所、そして愛情表現が不器用だが優しさに溢れてる姿が数年前に亡くなった祖父に似ている事もあってかとても心温まる大切な作品となった。
全44件中、21~40件目を表示