「くっつかないフライパン開発の影で」ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
くっつかないフライパン開発の影で
昔は年毎あるいは2年くらいでフライパンを買い換えていたのだが年々フライパンが改良され次第に買い換えの頻度が減っていった。フライパンを買い換える理由はほとんどテフロンが剥がれるからだった。昔のテフロンは引っ掻きで容易く剥がれたり使っている間に非粘着性が衰えていくことが殆どだった。しかし定期的にフライパンを買い換えること、つまりホームセンターへ行ってずらりと並んだフライパンから一つを選ぶのは楽しかった。大家族や何らかの意図がなければ、フライパンというものは一つあれば充分だった。何万円もする高級品を買えば長年使えるのかもしれないが、それを奮発しようという勇気がなく根拠も見いだせなかった。しかし現代のフライパンは品質が良くなり、あるていどのものを買えば何年も使える。料理頻度や使い方にもよるがテフロンの性能は確実に向上してきたと思う。
火薬を精製し戦争でボロ儲けしたデュポンは死の商人との悪名を馳せながらアメリカ指折りの財閥に肥大した。フライパンを買い換えるという日常的な文脈で使われるテフロンも、もともと戦車や重機など装甲のコーティングとして開発されたという。マンハッタン計画にも参加したデュポンは事実上爆弾の中身をつくって大きくなった化学メーカーだった。
企業が大きいほど挑戦のリスクが高いほど映画ではダイナミズムに還元されるがエリンブロコビッチが痛快さならダークウォーターズは執念だった。
弁護士ビロット(ラファロ)が問題を抱えた農場主テナントに頼まれてから20年超、気の遠くなるような資料の山と、待てど暮らせど結果がでない7万人の血液サンプルによる健康データ。原告のテナントが亡くなりビロット自身の健康状態や結婚生活も悪化していく中、巨大企業の不正に執念で立ち向かった。だからラストで鷹揚な判事にまだいるのかと言われてまだいますと答えるところで胸が熱くなった。倒れてもくじけないラファロもよかったし、演出も流麗でさすがだった。
ところでVictor Garberって悪役でもなかんずく識者系or役員系の悪役しかやらない人なんだが、適役とは実はまったく気にならない存在なのだと改めて思った。たとえば小木茂光を気にする人がいるだろうか。とくに気にする人はいないのに、否、まったく気にならないのは適役だからこそであり、ここのVictor Garberもいつもながらしっくりはまっていた。ティムロビンスもじつにそれっぽくて、それっぽいがゆえに気にならない上司役で上手だった。かれらの自然さはトッドヘインズの演出スタイルでもあると思う。
公開された2019年当時デュポン社の株価に影響し、会社は事実に基づいていないと反撥する声明もだした。映画はさまざまな賞を得たがもっとも大きいゴールデングローブとアカデミーにノミネートがなかったことでなんらかの力が働いたと噂されているそうだ。
Imdb7.6、RottenTomatoes89%と96%。
余談だが消費者としてテフロンから連想されるのはTFalである。TFalの広告戦略に釣られた人は多いだろう。フライパンと併せて深鍋やミルクパンなどを重ね、セットで買えば料理のバラエティが夢のようにひろがるというようなトリックで購買欲を釣ってきた。かくいうじぶんも取っ手が着脱できるTFalを手にいれたとき存外の喜びを感じたものだが、やはりフライパンというのは形状とテフロン強度によって使い勝手が決まる。だいたい冷静に考えて取っ手が着脱するからといってなんだって言うのだろうか。取っ手が着脱できるから、何度も取っ手を着脱させてみたさ。だけど空しいだけだった。
個人的な、使い勝手の気付きだが、フライパンは30㎝がいい。だが店頭にならんでいる小さいフライパンはすごく魅力的に見える。小さければ、ちょちょっと何かを付け足しで調理できる、ような気がするからだ。しかし「ちょちょっと付け足し」なんていう優雅なことは案外やらない。結局フライパンは一個あればよくて日本の小さなキッチンには25㎝が手頃なんだが25㎝を使ってみると常にやや小さいという感覚がありチャーハンなんかやると食材が飛び散りまくるわけでやはり30㎝のできれば少しだけ深めのフライパンがいいと思う。
