「いつの間にか引き込まれていく世界観」劇場 藤崎修次さんの映画レビュー(感想・評価)
いつの間にか引き込まれていく世界観
行定勲と又吉直樹の感性が融合すると、こんな素敵な映画が出来るんだ、と素直に思える作品。
ストーリーは良く言えば、片や芝居に片や恋に一途な二人の純情可憐な物語だが、悪く言えば、売れない演出家のヒモ男といつまでも夢を諦めきれないメンヘラ女の恋愛ごっこ。
それぞれが相手の幸せの妨げになっている事を自覚しつつも自分自身の心の拠り所を求めて離れられない、もどかしい関係。
そんな話は現実世界にも普通に転がっているし、大抵は不幸な結末しか招かない。本作でも二人は結局別れてしまうのだが不思議と爽やかな気分にさせてくれる。
恋愛ものなのにキスや抱き合ったりする場面はおろか、身体的接触すらほとんど無いプラトニックな展開なのが良かったのかも。
シニカルな作風で前衛的な芝居にこだわり続けてきた永田(山崎賢人)が、そんなものは置き去りにして沙希へのストレートな想いを自らが演者となって、舞台上で語り、それを観客席で観覧していた沙希(松岡茉優)が、彼の最初で最後の自分への直接的な告白に感激して涙する。
原作には無いこの場面が物語を一層心に残るものにしている。(メタフィクションという技法らしい)
本当に感傷的な気分にさせてくれる素晴らしいラストシーンだと思う。
若手きってのイケメン俳優・山崎賢人がしがない舞台演出家を演じるというので鑑賞前は違和感ありまくりだろうと思っていたけど、冒頭から変人ぶりが板についているといわんばかりの怪演(快演)。
松岡茉優も健気で朴訥とした役は本当に上手い。「蜜蜂と遠雷」よりこちらの方が断然いい。
というか男にとって、沙希みたいな彼女は理想形だろうなあ。可愛くて、甲斐甲斐しく尽くしてくれて、どんなワガママ言っても優しく受け止めてくれる。バイクで走り回る永田に構って欲しくてキャッキャッとはしゃぐ姿があまりにも可愛い過ぎる。
でも、そんな子に「あたし、お人形さんじゃないんだよ」と言われたら、精神的ショックは計り知れないんだろうな。
「ここが一番安全な場所だよ」というのも深く刺さるセリフ。
コロナ禍の影響で松竹が配給元から外れて上映館が大幅に少なくなってしまったのが本当に勿体ない。
私は映画館とAmazonプライムビデオと両方見たが、自分もそこにいるかのような没入感を味わえる映画館のスクリーンで見てこそ、あのラストシーンの感動はより伝わってくる。
本来は切ないストーリーなんだけど、見終わった後にじんわりと押し寄せる爽快感が心地良い秀作。