「一人の旅は 自分探しの旅」バーナデット ママは行方不明 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
一人の旅は 自分探しの旅
転職とか、転居とか、
あなたにとって必要ならば どんどんやりましょう。
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レイトショーの今夜の東座。
館内はとても暖かです。上映中は暖房機を静かにさせるために、事前にしっかり館内を暖めて下さっている。
たった一人、僕のためだけに映画をやってくれました。
= 4分早く予告編を始めて下さり、
= 4分早く本編が終了。
12月10日の深夜でした。
で、
映写が終わっても 真っ暗な館内のまんまで、ずっと 電気が点かないんですよ。シーンとして。
しばらく待ちましたが、
「映画の余韻を噛みしめて下さい」的な "演出”ではなさそうです。
おやー ?
社長もお母さんも、二人とも寝ちまったかなぁ?(笑)
ホントに寝落ちかな、映写室で?
耳を澄ませてみますが、足音も何も聞こえません。
デジタル映写機をセットしたまま、お宅で、お風呂でゆっくりリンスをしてるのかもしれません・・
それか長電話かも。
ま、それでもいいや と座っていたら、4分経ってようやく、天井の電球が黄色い光で、ぼんやりと灯りました。
ロビーに出てから、東座の母娘と僕は顔を見合わせて大笑い、
「みんなバーナデットと一緒に南極に行っちゃったのかと思いましたよー!」
ここ塩尻市の小さな映画館「東座」は、
先代のお父さんが亡くなったあと、お母さんと二人の娘さんでなんとか守っている古い小屋なんですよ。
投影終了時に館内の電気を点けるのは、今夜はお母さんの役目だったようでした。
「真っ暗事件」のこと、平身低頭なさっていたけれど、常連客も娘さんたちも、このお母さんのことが大好きです。
母と姉と妹で守る、
男の出る幕はない、
東座は、女たちの映画館です。
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【こじれた女】
建築家として新星のごとくに現れ出で、その世界で目覚ましく活躍していたというバーナデット。
「ルルドの泉」の聖人「聖Bernadette (聖ベルナデッテ)」のように、バーナデットもその名にちなんで17の奇跡を辿るという筋書きですね。
彼女の人生における「奇跡探し」の旅を、もう一度再開するというお話なのでした。
強迫神経症やら、対人関係障害やら、鬱病やら、妄想性パーソナリティ障害やらで、
「瓶の薬」が凄いことになっている。
治療仲介のやり取りの中で、やっぱりバーナデットはアスペルガーで、どう見てもちょっと正常ではなくなってるよなァーって事が、あの様子から有り有りなんです。
夫婦関係も、そしてご近所の付き合いも、彼女の破壊願望で満ちてしまってます。
母=バーナデットが唯一語り合えるのは娘のビーだけでした。
配役キャスティングでは
ケイト・ブランシェットも、夫役のビリー・クラダップも芸達者でした。なりきっていましたね。
精神科医のカーツ先生には、いつもは病人の役が多いあの人、「ファミリー・ツリー」でもいい役どころを演じていたジュディ・グリアでした。
病者との関わりを、その重荷を、見守りを、
家族や地域が、そして同僚たちも、四苦八苦しながら共に担うというこのシチュエーションが、たいへんに秀逸でした。
カウンセリングの会話劇としても、とても素晴らしいものを感じました。
病んでいる一人の人間を、そのままのキャラクターで主役として立てる、
この企画のユニークさです。
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【建築家のパーソナリティ】
・「AALTO・アアルト」、
・「ル・コルビュジエとアイリーン」
に続けて、僕はこの建築家バーナデットの映画を三作目に観たわけですが、
わかったのは ―
奇人で変人で、人生に不足を感じていて、世の中とは折り合えない、そういうビョーキの人々だからこそ、彼ら、彼女らは他者とは違う《ARTIST》たりうるのだ、ということ。
それは彼らが持って生まれた天性の《ギフト》なのだろうということ。
それが肯定の第1点目。
そしてもうひとつ、第2点目は
結婚や子育てを否定しなくても良い。どれもこれも面白い人生の選択。
したいことをまた都度 再発見すれば良い。
時期が来たら動いて、また旅に出ればOKなのだということです。それは性別や役割を問わずです。
だから
本作のメッセージの比重としては、
・結婚や夫の転居に従っての転居、
・建築家としてのキャリアの停止、
そして
・子育てや病弱だった娘に没頭した母としての日々など、
これらミセスとなったバーナデットの諸々の件は描写されてはいるけれど、作中ではそれらはまったく否定はされておらず、けっこうポジティブな取り扱いでした。
「女の生きづらさ」=男尊女卑社会への告発とか、妻になり母親となったバーナデットの人生を「負の歴史」として 捉えるよりも
この映画は、一歩進んで、バーナデット自身のパーソナリティの特異さとか、面白さの面が、より前面に強調されていて、(数年前までの告発映画の傾向とは少し変化して) 《前進し続ける"個”》の、新しい時代の映画として撮られていたように思います。
つまり
バーナデットの《決断》は、休職も結婚も子育ても、いずれの時期においても彼女の《ベストの決断》として描かれていた ―
そういう面白いコンセプトだったように思うのです。
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【女、母、娘、ママ友、女医】
そして
【うちの母についての個人的なメモ】
「バーナデット、ママは行方不明」
この題名「ママは行方不明」と言えば、
うちの母のことも忘れないうちに記しておかなくてはなりません。
50代で運転免許証を取得しましたが、
・
・
その日は彼女は帰って来ませんでした。
翌日
「あー、楽しかった」、
「遠くまで走った」、
「車の中で寝た」、と
笑顔での帰宅。
父も僕ら子供たちも 変わり者の母ゆえ、さもあらんと彼女を迎えたわけですが。
70代で大型運転免許取得、
(理由は運びたい仲間がいるからと。レビューが削除されるので詳細は割愛)。
次に
80代で2級船舶免許です。
(洋上で何やら他の船と闘いたかったようですが、この理由もレビューが削除されるので具体的な内容は割愛)。
画家としては絵筆を折った母ですが、結婚も子育てもずっと面白くて夢中だったと。
でもその生い立ちを振り返れば、彼女は、古い父系血族から逃れるために「逃げた」前科があるのです。「女子大に行くのならば許す」との父親を欺き、嘘をついて、おばあちゃんの手引きで田舎町を脱出した人でした。
その行為は、祖父から見れば母の行動は「逃亡」のように見えたかもしれない。
しかし母は自分のしたいことをするために生涯通して《前進》していただけでした。
何物かからとにかく逃げて、南極へと行ったバーナデット。その冒険と充電、発見と復活のドラマを見ると
男もあれこれから逃げたいけど、女も全てのしがらみを捨てて、拒絶して、自分のために旅に出る必要がある。
自分を取り戻すために、です。
僕ですか?
母からの遺伝でしょうかね、
「自分の捜索願」を取り下げに、警察署に行ったことはありますよ。下駄履きのまま学生寮を出て、ふとブルトレに乗って、西の最果て=長崎まで逃げて行方不明になったので。
旅が楽しかったのでお巡りさんの前で笑ったら怒られました。
相当な事になっていたようです(笑)
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【逃げ道としての、突破口としての映画館】
映画館東座は、
切符もぎりの窓口の横には、ドアが開いています。
お住いの、住居部分の小さな台所がちょっと見えています。(てか、開いていると丸見え)。
職住一体で、"堂守”のようにして映画館を守るという事は、つまり、結果どうしてもこの建造物に縛られていて、経営者一家はこの土地からどこにも逃げられないという"足かせ”でもあるのですが、
でも
この古い映画館は、今夜の僕を、バーナデットを追いかける旅=アメリカ・シアトルから〜南極の観測基地まで連れて行ってくれました。
それどころか東座は、不思議な「どこでもドア」なのです。乗組員を世界各地へ運んでくれる魔法の絨毯です。
そして
時空を超えて、過去へと未来へと、縦横無尽に行き来する「タイムカプセル」と言えるかもしれない。
そして東座は哲学と人生の、ゼミ教室でも有ります。
「本当は女優になりたかったんです」とおっしゃる社長さんの、この映画館の建物は、今夜は南氷洋を渡る「砕氷船」になりました。
彼女の羅針盤に従ってついて行くと、この映画館は「世界の窓」になります。
ケイト・ブランシェットにちょっと似て、クールビューティの社長さんなのです。
バーナデットが南極に建てた観測基地は、生きていて動きます。
箱物なのにキャタピラーが付いていて、氷河の上で移動し続ける南極点を、あれは追い続けるんです。
人間が生まれて生きて、育って移動をしていく様子を、じっと温かく見つめて撮影した「6歳のボクが、大人になるまで。」の監督リチャード・リンクレイター 。
かれの眼差し ならではでした。
面白かった。
ありがとうございました。
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◆ 〽そうよ母さんが好きなのよ
バーナデットの娘が歌った まどみちおの「ぞうさん」には驚きましたね。
夫も頑張ってはいるんだけど、女たちの物語になるとどうしても野郎は存在感が薄いですよね、トホホ。
でもこんな彼がそばにいてくれたことも「奇跡」でしょ?バーナデット?
◆今週は僕はケイト・ブランシェット週間です、
レビューは指揮者の苦悩の物語「TAR ター」に続きます。
こっちも主人公は精神安定剤のお薬、飲みまくりですが。
そうか~、バーナデットはビョーキで変わり者で、だからこその生き方で言動なのかー。凡人的観点から見たので、なんじゃ、この映画!と思ってました。ブランシェットは大好き超えて愛しているのですがこの映画だけはダメでしたが、理解が少し進みました。ありがとうございます
東座、ハニーランドを観に行って以来ご無沙汰なのですが、きりんさんの描写で、情景がくっきりと浮かび上がってきました。大切にしたい映画館ですよね。バーナデッドの考察もさることながら、きりんさんご自身や、お母様のエピソードがとっても魅力的で、ワクワクしながら拝読いたしました。