アイ・キャン・オンリー・イマジン 明日へつなぐ歌のレビュー・感想・評価
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母親はどうなった???
バ◯テスト連盟提供ですね。
良いじゃん。
でも、このミュージシャンを知らなかった。
キング牧師を継承する団体だから、白人至上主義者ではないが、分派の南部バプテ◯トは奴隷制を認めていた事もある。勿論、今は全く違う。
でも、白人主体のイングランド国教会をルーツとするプロテスタントであるのは事実。
まぁ、それは兎も角、母親はどこに行ったんだ。
男目線で、下手するとウマシカ親父の弁解映画になってしまっている。これがアメリカの自由と民主主義を掲げる民主党の基盤と考えると、共和党とあまり変わらないと感じる。そうさ!TRUM◯は元々民主党だったのだ。
歌はうまいのかもしれないが、最後の独唱の演出は大失敗。せっかくの歌をエコーさせてしまっている。
Amazing Graceは、やはり、アレサ・フランクリンだよ。
エイミー・グラントも知らなかった。
会場に一人も有色人種がいない。
映画の内容は『真っ黒なワンちゃん』だけれどね。
あんたは偉い!の伝記映画。
歌の映画ではなく、キリスト教映画
キリスト教映画、宗教映画でした。
タイトルになっている歌のファンには、素晴らしい出来かと。
父と子が長年の確執を乗り越え、相手を赦すことができたときにはじめて書けた歌である、という全体の流れは、いろいろな映画で見聞きした範囲しかキリスト教のことを知らない私でも、心動かされるところはあったくらいですから。
なにより説得力のある、歌そのものが感動を与えてくれました。
(昔の)エイミー・グラントが本物ではなかったけど、雰囲気は似せてきていて、クオリティは高い。
歌のシーンが多いので、スピーカーの設備がいい劇場で観ることをお勧めします。
ただ…
せっかくの余韻が台無しになったのは、エンディングテロップあたりで2017年2月「全米祈祷朝食会」での、バートのスピーチが映ったシーン。
これってトランプが就任後初のタイミングで、「教会を政治から締め出す法律を完全に撤廃する」と発言し、政教分離を真っ先にぶっ壊した時のこと。
分断を煽り、白人至上主義・アメリカ至上主義を訴え、カルトなキリスト教福音派の信者が「何が赦すだよ」と。
「まず福音派以外の人間を赦してから、いろいろ語ってくれ」という気分になったりして。
冒頭、10歳前後の子供だったバートが、教会のキャンプに行ったシーンでどの会派か気づくべきだった。
それから、バンドをやってる時に父が癌で亡くなって曲を書いたように描かれていたが、実際はバンドを始める前、18の高校時代に父親は亡くなっている。
『ボヘミアンラプソディ』はじめ、ミュージシャンの伝記映画は史実通りに描かず神格化(というかキャラ化)し、捻じ曲げてでも盛り上げ重視する傾向があるのは承知しているとはいえ、いろいろ盛りすぎ演出しすぎでげっぷが出ました。
さらにエンディングの日本語カバー曲が上手くていい歌ではあるものの、元歌からテーマがずれすぎて、なんじゃこりゃ?と椅子からずり落ちたりもし。
「I Can Only Imagine」という曲が好きな人にはオススメ
立川シネマシティにて試写会鑑賞。予告で分かる通りクリスチャンムービーだが、特にどこかの宗教を信仰しているわけではない自分でも特別何か違和感を覚える事なく普通の映画作品として鑑賞する事ができた。
というのもシンプルにバード・ミラードの伝記映画といった印象を受けた。
もちろん最後は「I Can Only Imagine」の誕生で作品は終えるのだが、それまでの人生の一部をこの作品では描かれている。
父親の日常的な暴力に怯えて幼少期は過ごし、自立した後はそれが枷となり中々良好な親子関係を築く事ができなかった。
父親が末期の癌を患った事を知り、今までの父との苦い思い出を赦す事を決断し父の命付きるまでの最期の時間を過ごした。
その最期の時間を共に過ごす事でこの「I Can Only Imagine」という曲が生まれたという話だ。
「I Can Only Imagine」という曲を知らない僕からすると、バードの生い立ちは映画作品として見る限りはありきたりでありあまり目新しいものはなくあまり興奮を覚えない。
「I Can Only Imagine」の曲とあまり自分の好みの音楽性とは少し異なる為物凄く心に響く事もなかった。
この作品を楽しむには元々「I Can Only Imagine」を知っていて、この歌に心踊らされた者だとこの作品を更に楽しめるのかなと言った印象は受けた。
「I Can Only Imagine」が好きな者には勧めたい作品ではある。
ただ一点、彼の人生において父から受けた言葉が長年トラウマとなる描写がいくつかある。
最後父を赦す事に繋がるのも、そして「I Can Only Imagine」が生まれたきっかけも幼少期の日記の言葉がキッカケでもある。
一つの言葉が人を傷つける事もあれば、幸せや喜びに繋がる事もある。言葉の重みというのはこの作品においては非常に大切なアイテムとなり、そこらは観ていて心躍らされた。
余談になるがエンドロールは日本語版を流す必要あったのかは疑問に感じた。
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