ハートストーンのレビュー・感想・評価
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ずーんとなる
アイスランドののどかな漁村での、少年2人の物語。
ふたりの年齢がちょっとわかりづらいが、日本で言う中学2~3年生くらい?もう少し幼いか。
確かにこの時期、友情と性愛の間が曖昧になって、端から見るとちょっと親しすぎるように見えることもあるように思います。(自分もあった)
また、友情のつもりがいつしか恋愛に近い感情を抱いていたこともある話だと思います。(あった)
同性愛が周囲から肯定される見込みのない世界で、異性愛者の親友に恋愛感情を抱いてしまったら、自分はどうなっちゃうだろうか。
クリスティアンは、どこまで自覚的だったか、自分の感情を分析できていたか、はっきりとは描写がありませんでしたが、それでも、「普通になろう。そうすれば元通りになれる」なんて言われたら、そら、ショックよ・・・。
しかも「ゲイでも気にしないで」という、騒動のある種、火種となった人からの言葉。
本人に悪気がないタイプのアウティングともとれる行為。
自分のなかでもうまく消化しきれていない状態で、先に他人からジャッジされてしまう。
別に姉が悪人だと言いたいわけではないけど、タイミングとしては最悪でしたね。
お話として、ふたりはラスト、話をして仲直り・・・とも言えない展開に。
クリスティアンの腕に手を添えるソール、その手にさらに自分の手を重ねるクリスティアン、歩み寄るふたりのように見えます。でも、最後、去り際の額へのキス。
やっぱり恋愛的な意味では、成就しない、そういう関係性に落ち着いていくということでしょうか。
話変わって、(やや)閉鎖的で、異性愛に基づく価値観が根強い田舎での同性愛問題を描いた映画を3つ、最近立て続けに見ているので、ちょっとしんどくなります。
現状、価値観の合わない場所において自衛手段を取るとしたら、自ら距離を取るしかないですよね。
この物語は監督自身の体験に基づくということですが、後日談があればどんな形であれ、聴いてみたいものです。
とてもよかった
1回目見に行ったら、イオンにしては予告が短くて席についた時点で始まっていた。けっこう面白かったので、トイレにも行きたくなって1時間くらいで出た。
2回目で確認すると、1回目は始まってから3分くらい見逃していた。トイレのコンディションも整えて改めて見てよかった。ゲイなどジェンダーに帰着させる物語は、あまり好きではないのだが、そんな自分にも心に沁みる切なさがあった。思春期のヒリついた感じが伝わった。うちの子どもがそんな時期をいずれ迎えるであろうことを想像しながら見た。まだ陰毛も生えていないのに夜遊びしすぎではないだろうか。いくら田舎とは言ってもへんな人がいるだろうし、心配だ。
最終的に街のヤンキーがひどいことをするかと思ったら全然大したことなかった。主人公のお姉ちゃんが愉快な人物だった。
ヨーロッパが病んでいる
暗い作品が人生の真実を表しているというのは大間違いだと思う。
あくまでも作者の個性や時代の雰囲気が反映されているだけだろう。
本作はアイスランドを舞台にしたアイスランドとデンマークの共同制作の映画になるが、そもそも両国は二次大戦前まではともにデンマーク王室を戴く外交を共通にした連合国であった。
早い話が1つの国と同じである。
それが戦時中ナチス・ドイツにデンマークが占領された際、アイスランドまでドイツ領になってしまうと戦略的に不利になると思ったイギリスが勝手に占領してしまった。
その後イギリスとドイツの戦いが激化したのでアメリカに占領の交代を願い出てアメリカ軍が占領していたのだが、そのアメリカによって大戦のさ中アイスランドが分離・独立させられた経緯を持つ。
現在でも人口がたった33万人しかいない。埼玉の所沢市より人口が少ない。
それだけ少ない人口だからこそグローバル経済の成長を信じて金融業に力を入れていたのだが、リーマンショックを受けて一夜にして国家破産寸前まで追いつめられた。
現在は通貨安がかえって幸いして漁業とアルミニウムなどの輸出の成長、それに年間国民の6倍訪れる観光客が落としていくお金で、経済成長率はEUの平均を上回っている。
かつてはEUに加盟する意志もあったが、2006年に再開した商業捕鯨や漁獲量全体が制限される懸念がありEUに加盟していない。
脆弱な経済基盤を多様化させるため製造業の充実など様々な試みをしているらしいが、あまりにも人口が少ないので内需の拡大は難しく世界的な経済危機の影響を大きく受けてしまう国に思える。
アイスランドもまた、勝手にデンマークから切り離されてしまったりと大国の思惑に振り回されている小国といえるし、これからもそれは変わらないのではないだろうか。
本作は監督のグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンの少年期の経験が元になっているのだという。
ただLGBTを扱っている以前にとにかく全体的に暗い映画であり、登場する大人は人格破綻者しかいない。
映画の舞台は首都レイキャビクのような都会ではなく何もない田舎である。
本作を観る限り地元の産業も漁業や牧畜業しかなさそうだし、それも活気に満ちている状態からはほど遠い。
冒頭の魚を踏みつぶすシーンもそうだが、子どもたちもどこか鬱屈している。
何もない場所にありがちな子どもたちが興味を持つのは他人の噂話と喧嘩とセックスだけ、むしろ筆者にはLGBTネタはおまけみたいなものに思えた。
こういう少年期を送った監督のグズムンドソンに同情すら覚えるほど救いのない映画である。
最後にゲイがばれて自殺を図り、結局は首都レイキャビクへ引っ越す少年も救われないかもしれないが、残された主人公の少年はもっと救われないだろう。
本作ではそれ以前も何か問題が起きてレイキャビクへ引っ越す人間がいる。そちらの方がかえって救われる印象を持った。
結局この地元を離れることでしか悪い縁は断ち切れないとでもいうように。
主人公の少年も彼の姉妹も、その他の少年たちも自分たちの地元を呪っているので、成長して都会へ出て行くのが幸せにしか思えないし、その未来しか見えない。
同じ厳しい自然と漁村の貧しさを描いた映画でも、デンマーク映画の『バベットの晩餐会』では貧しい中にも人々の協調する姿が描かれていた。
アイスランド経済は好調とはいうけれどそれは一部の人だけで、貧富の格差も地方格差も大きくなって国民は全体的に不満を抱いているのか?と疑いたくたくなる映画であった。
また映画の評価以前にこれほど救いのない映画を創る監督のある種の病的な暗さが気になってしまった。
近年、本作にも子どもたちの溜まり場になっている店の主役を演じたグンナル・ヨンソンが出演している『ひつじ村の兄弟』『好きにならずにいられない』などアイスランド映画を観る機会が増えているが、本作よりは多少マシではあってもどれも恐ろしく暗い。
また本作も含めてそれらの映画がヨーロッパの映画祭で評価が高い。
本作もやたらいろいろ受賞している。第73回ヴェネチア映画祭では2007年に設けられたクィア獅子賞というLGBT最優秀賞まで受賞している。
わざわざLGBTで賞を設けていること自体が逆に差別しているようにも思える。
LGBT作品だろうがなんだろうが、あくまでも内容の善し悪しで他の作品と競って賞を取るのが真っ当だと筆者は考える。
ヨーロッパが病んでいるとしか思えない。
移民問題、経済破綻の恐怖、政治不安、その他様々な危機が影響しているのだろうか?
それともただ国際映画際の運営側が病んでいるだけなのだろうか?
外見だけの下手な役者やアイドルを起用したバカ明るい映画の多い日本がなんだかまともに見えてしまうから困る。
本当は日本も同じような問題を抱えているはずなのだが、ヨーロッパほど行き詰まっていないということなのかもしれない。
一匹だけ混じったカサゴは醜いか?
丁度、性に目覚め、生を自問するような年頃の少年たち。異性を意識したり、性に未熟すぎるあまりに早熟になってしまったり、また同性への熱望を自覚したり。少し前までは「ただの子供たち」でいられた少年たちが、性に目覚め始めたころのもどかしいようなどうすることもできないような感覚がこの映画に描かれている気がして、なかなか良かったように思う。
ポスターのイメージからすると、同性愛がテーマの映画かな?という気もしてくるのだけれど、個人的にはこの映画は「青春群像劇」だと思う(少しも爽やかではないけれど)。ソウル、クリスチャンだけでなく、性に奔放な(フリをしている?)ベータや、ソウルの姉妹たちも含めて、10代の落ち着かない心を持った少年たちの群像ドラマとして、見応えがあったなぁと思うし、終盤でクリスチャンが起こすある「事故」が、それまで「子ども」として振る舞うことを許されていた(あるいは子供として振る舞うことで逃げていた)ソウルたちがそれぞれに自己と対峙する引き金となり、少年たちを「子供」ではなくしてしまう切なさを感じて、ドラマティックだと思った。
正直なことを言うと、映画としてはちょっと長いか?と思う。特に前半部分の描写は丁寧ながらも少々冗漫だったような気がしてならなかったし、作中、性にまつわる表現と、死の描写が直接的でかなり面くらってしまったようなところもあり、心が落ち着かないような気持にさせられたりもした。しかし考えてみれば、ローティーンの少年たちが性と生を意識してもやもやと生きる表現の上で、確かに意味のある暗喩だったのかという風にも思うのだけれど。
同性愛の要素もあるが、それを前面に押し出した作風ではない。あくまでも、性と生を自己に問いかけ始めた少年たちの物語だった。閉鎖的な地方の村で、自分を異質だと感じてしまったクリスチャンの心の内を思うと、本当に胸が痛くなったし、結末も含めて切なくてやりきれなかった。10代の頃には、こういう自分の力ではどうすることもできないような巨大な何かにぶつかって、そして抗うこともできずに自分の無力さを思い知るような出来事が起こるものだ。この後、ソウルたちはもう二度と無邪気な子供には戻れないんだろうなぁと、なんとなくそんな気がした。
ラストシーン。桟橋で一人の少年がカサゴを一匹吊り上げ、醜いからと言って海に投げる様子をソウルは見かける。そしてふと冒頭のシーンを思い出す。主人公のソウルやクリスチャンら仲間たちで、桟橋で魚を釣る。その中で一匹だけカサゴが混じっている。同じように醜いからと言ってみんなで踏みつけて死なせてしまう。一匹だけ混じったカサゴは醜いのか?ソウルはきっと自問したのではないだろうか?
大人たちがツマらなそう
広い自然の景色に少年少女が娯楽もあまり無い中で楽しそうに日々を過ごしていて清々しいが大人たちが疲れ顔で覇気が感じられない。
"ゲイ"ってキーワードは最後までふわぁっとしたまま終わっても良かった。
姉の扱いに憤慨する主人公は可愛かったが全体的に空回な印象が。
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