「恐れぬ男」遥か群衆を離れて 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
恐れぬ男
原作トマス・ハーディ。
大農場の女主人バクシーバと、彼女をめぐる三人の男性の物語。
その三人は、不運なアクシデントに見舞われる。
羊飼いガブリエルは、一夜にして羊が全滅し全財産を失う。
軍曹トロイは、場所の行き違いから愛する人との結婚を逃してしまう。
そして豊かな農場主ボールドウッドは、女の些細な悪戯がきっかけで大きく運命を狂わせていく。彼がバクシーバと出会ってしまったのは、偶然であり不運であり厄災であり、彼にとっては生きる源でもあった。
気まぐれなバクシーバは、ままらない宿命そのものだ。
「世界はまったくの偶然をもって人間を翻弄し、意志や努力ではどうしようもない」という原作者トマス・ハーディの人生観そのものの物語であるが。
トロイとボールドウッドは、なす術も無く破滅していく。崖から落ちていく羊たちのように、なんと無垢で、か弱き存在なのか。
バクシーバは、勝ち気で独立心の強い女性であるが、最初からその悲劇を覚悟していたような所がある。普通に愛されることを諦めているような所がある。永遠の愛をロマンティックに信じれない。求婚者に「きっとあなたは私を嫌いになるわ」と言い、若い侍女に「いつだって捨てられるのは女の方だ」と諭したりする(現にトロイから捨てられるわけだが)。「花の季節がすぎたら男達は見向きもしなくなるだろう」そんな歌を、美しさの絶頂期に唄う。だからこそ、孤独を愛し男性に依存しない生き方を選んだようにも思える。
ガブリエルは、不運に耐え、境遇に耐え、報われない恋心に耐える。
恋した女が選んだものが「男に依存しない生き方」であるならば、それが出来るようになるまで影で支える。彼女が一本立ちしたら、自分は不要になるだろう、それが判っていて支える。
ラスト、役目を終えて農場を去ろうとするガブリエルを、バクシーバは「私に結婚を申し込んでみなさいよ」と引き止める。「でもまた断るかもしれないわね、わからないわ」とも。
明日のことはわからない。ままならない宿命のごとき女バクシーバだが。ガブリエルは宿命を恐れない。何があっても耐え受け入れ愛す。
不運に傅き、女に傅き、譲っても譲っても、なお、卑屈にならず人としての尊厳を保つ。その力強さに、胸を打たれる。
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ストーリー・ジャンルは全く異なるけれども、本作監督トマス・ヴィンターベアの『偽りなき者』と、非常に似た肌合いの映画だったなあと思う。
どうしようもない状況に陥ったとき、人はどう耐え、その境遇に寄り添うのか。胸クソ映画として知られる『偽りなき者』だが、描きたかったのは、胸クソな状況ではなく、それを踏み越える人の崇高さだったのではないかと。
悲劇的な小説ばかりで嫌いだなあと思っていたトマス・ハーディだが、描きたかったのは悲惨ではなく、それを甘受しながらも健気に素朴に歩む人々の尊さだったのかもしれないなあと、この映画を観て思った。
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『偽りなき者』のマッツ・ミケルセンが素晴らしかったように、本作ガブリエル役のマティアス・スーナールツが素晴らしかったなと思う。
女主人に仕え、その影になろうとも、どこまでいっても、強烈な力強さ、男らしさを発散させている。もの言わぬ静かな態度に覆い隠された情熱。その相反する魅力を存分に演じていたのではないかと思う。
マティアス・スーナールツ。
『闇を生きる男』『君と歩く世界』『ラスト・ボディガード』では、荒々しく獣のような男。
『ロフト.』『パーフェクト・ルーム』『マイ・ブラザー』『クライム・ヒート』では、どうしようもないチンピラ。
『リリーのすべて』『フランス組曲』『ヴェルサイユの宮廷庭師』では、この上も無く紳士。
幅広い役柄をこなす俳優さんであるが、本作ではその魅力が存分に発揮されたのではないかと思う。(この人、役によって20〜30kg、筋肉量を変動させててホントに凄いと思う。)
今後の作品『Radegund』(テレンス・マリック監督作)、『Kursk』(トマス・ヴィンターベア監督作)、『Our Souls at Night』(ロバートレットフォード共演作)なども楽しみ。
日本で公開されないかもしれないけど『Le Fidèle』(ミヒャエル・R・ロスカム監督作)も、メチャクチャ観たい。