「ドラマは地味で大味だが、精緻な描写が面白い」ブラックハット 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
ドラマは地味で大味だが、精緻な描写が面白い
マイケル・マン監督作品がもうムチャクチャ大好きな自分
(『インサイダー』はすでに生涯ベスト10入り確定)。
今回の作品も楽しみにしていたのだが……うーむ、
今回は彼の欠点が露骨に出てしまった作品という気がするなあ。
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まず、
『ラスト・オブ・モヒカン』等はさておき
『コラテラル』『マイアミ・バイス』等を観る限り、
マン監督はロマンスシーンの描き方がヘタだ(苦笑)。
例えば会って初日に「あなたは強くて賢い人よ」なんて
セリフ吐いたりベッドインしたり、普通ありえんと思う。
後半に繋がる要素ではあるが、ムリに露骨な描写を入れずとも、
もっと仄かなやりとりで良かったと思うんだけどなあ。
一気にドラマが安っぽくなってしまった気が。
上記も含め、主人公や脇役たちに感情移入しづらい。
中途半端な過去語りを入れるくらいならそこはバッサリ切って、
いつもの監督らしい、行動のみで人物を語る硬派な
スタイルを取って欲しかった。実際、複雑なドラマが
不要となる後半になってからの方が、この映画は面白い。
あと彼の作品は、
そこまで必要?というくらいにリアルで細かい描写にこだわる。
ハッカーの正体を暴く……と言うと、
PCでウィンドウをタカタカ開きまくって相手の居場所を
スピーディに特定するようなシーンが頭に浮かぶと思う。
が、ビジュアル的に分かりやすい描写は本作には登場しない。
コードの羅列を読んだりIPアドレスを辿ったり、
相手のPCに直接USBを差してワームを仕込んだり、
PCを使う習慣がない人には難易度が高い描写が多いかも。
また、敵の正体や目的も小粒感が拭えない。
自己顕示欲の塊のような犯行とその目的はリアルだが……
いかんせん地味である。リアルゆえに地味である。
株価操作&原発爆破という大事件を巡って
世界4カ国をまたにかける大スケールの物語や、
迫力ある映像とのギャップがちょい苦しい。
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はい、もうね、ここまであんまり良い事
書いてませんが(笑)、見事な点もあります。
先に述べた通り、2010年代におけるハッカーとの
攻防を始めとしたリアルな描写はどれも興味深い。
監視カメラで安全圏からの“面会”が可能だし、とっさに
電波強度を測るアプリを利用するシーンも現代らしい。
一方で、不正ソフトを仕込んだUSBを差させる為には
実にアナログな手段が必要になったりもする。
あと、放射能汚染された基盤を収納する為の端子付き
ボックスなんて、他の作品じゃまず登場しないだろう。
そもそも原発爆破の描写も、実際にイランの核燃料施設で
起きたサイバー攻撃事件が基だそうだ(余談1参照)。
原発が前触れもなく爆破される描写は誇張でも何でもない。
また、銃撃戦はさすがマン監督、極めてリアルで臨場感バツグン。
コンテナ置き場での戦闘や、主人公らが路上で襲撃を
受けるシーンの、あの腹に響く銃声、弾丸が物体に
ぶつかる際の残響音の恐ろしさ。
夜の映像の美しさにも触れておくべきだろう。
大量の照明が輝く香港の街並みや、路上を照らす
オレンジの街灯のなんとも言えない艶っぽさ。
数多の松明が揺らめく中で展開されるクライマックスも良い。
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以上。
面白い描写も多いと思うのだが、
マイケル・マン監督のファンとしては不満が残るし
(それでも個人的に『マイアミ・バイス』よりは
楽しめたと付け加えておく)
彼の作風を知らない人には随分と展開の地味な映画に
感じてしまうかも。
<2015.05.11鑑賞>
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余談1:
パンフレットで知ったが、2010年には劇中と同じ方法で
イランの核燃料施設の遠心分離機が乗っ取られ、
実際に一時稼働不能に陥るという事件があったそうな。
しかも計器上は正常運転をしているように見せかけ、
機器の緊急停止を防ぐ仕組みも盛り込まれていたという。
もっともこの場合は、
遠隔地のPCからワームに感染させたのではなく、
ワームを仕込んだUSBメモリを施設内で直接挿入
したことで感染したとみられているらしい。
うーむ、怖いっすね。
皆様も、会社で使うUSBメモリにはご注意を。
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余談2:
内容については僕も色々不満はあるが、
他映画サイトのレビューでは中国がこれだけ
大々的に取り上げられるのが気に食わないことを理由に
評価を下げてるらしいつまらないレビューもチラホラ。
中国を舞台にしたのは確かに中国映画市場に向けた
戦略の一環だと思うが、『トランスフォーマー/
ロストエイジ』くらいに露骨なタイアップならともかく、
現実のサイバー攻撃も中国からが一番多かったり、
香港の夜景を映像に活かしたい意図が監督自身にはあった訳なので、
そこまで揶揄するような部分じゃないと思う。