「自分がヤクザ映画の革新をする そのような意図だったのだろう しかし早過ぎたのかも知れない」悲しい色やねん あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
自分がヤクザ映画の革新をする そのような意図だったのだろう しかし早過ぎたのかも知れない
本作は「悲しい色やねん」
主題歌は「悲しい色やね」
一文字違う
どちらも大阪弁だが、前者の方がより東京人が大阪の物語だと分かりやすいのは確か
そして、その一文字の違いでニュアンスに差がある
んがあると、何か自嘲しているように聞こえる、んがないと、自嘲はなく諦めだけのニュアンスだ
わざとその自嘲のニュアンスを付ける為に一文字加えられたように感じる
主題歌は1982年10月リリースの上田正樹のヒット曲
彼は70年代半ばから、有山淳司との活動や、上田正樹とサウス・トゥ・サウスというバンドで、日本語によるブルースやファンクの草分けだった
その彼がソロとなって歌謡曲ぽいながら、R&Bテイストの色濃い大ヒット曲を飛ばしたもの
メロディーはSkylarkのWildflowerが元ネタ
歌詞はHarold Melvin & the Blue Notesの大ヒット曲のIf You Don't Know Me by Nowの一節からインスパイアされたもののように思う
本作の主題歌として劇中でも使われているが、歌詞の内容とは全く関係はない
ただ夕張組の幹部の盛山が自分の女に「そんだけの女やったんか!」という台詞があるのが唯一似ている程度
舞台はもちろん大阪
なのに大阪弁の方言は、ネイティブの俳優以外はすべてでたらめな気持ち悪いなんちゃって大阪弁
特に藤谷美和子の台詞は口の悪い大阪人なら、おちょくっとんのか!われ!と憤慨するレベル
仲村トオルは方言指導をつけて欲しいと森田監督に頼んだのだが、その必要はないと監督に言われたと特典映像のインタビューで話している
つまり森田監督は確信犯で大阪弁なんかこの作品に於いてどうでも良いと考えていたということだ
1988年12月の公開
正にバブルが最高潮の時
そして昭和がもう誰の目にも間もなく終わろうとしているという年の年末の公開
そこに本作のようなヤクザ映画を、なぜ森田監督が撮ったのかの意味があると思う
ヤクザ映画という大衆娯楽映画の典型的フォーマット
それは80年代にはもう型にはまった偉大なるマンネリの作品しか出来なくなっていた
だからこそ森田監督がヤクザ映画を撮ろうとしたのだと思う
自分がヤクザ映画の革新をする
そのような意図だったのだと思う
折しも昭和が終わろうとしていた
高度成長を成し遂げた世代もまた現役から去ろうとしていた
夕張組、三池組という名前は炭坑の名前だ
高度成長期を支えた原動力であり、役割を終えてどちらも閉山を迎えようとしていた
ヤクザ世界もそうなのだろう
親分の世代は引退を始め、若い世代は戦争より商売だという時代に変わったのだ
二人の親分のキャラクターもまた従来のヤクザ映画の親分の紋切り型のイメージから脱却して造形している
任侠の世界は遠くなり、新しい世代に入れ替わる
それが本作が描こうとした本当のテーマだと思う
戦争が堂上の娘のせいであったのは、男が義理と人情で戦う時代ではなくなったという意味なのだろう
昭和が終わる
ヤクザ映画の紋切り型のフォーマットも終わる
新しい時代の大衆娯楽映画たるヤクザ映画の方向性を示さねばならない
そういう野心的な志で本作は撮られたのだと思う
だから森田監督にとってはその大義の前には正確な大阪弁など些末な事に過ぎなかったのではないだろうか?
それでも映画の出来はやっぱりあまり良くない
監督の意図は空回りしていると言わざるを得ない
大阪のロケ地は、絵になる良いところを撮影出来ていると思う
道頓堀を御堂筋に掛かる橋の下からグリコのネオンサインの辺りまで船で撮影したカットは出色の出来だと思う
今ではありがちの構図だが本作以前にこのような見え方の映像は知らない
序盤の御殿山令嬢と知りあって食事をするレストランの店名はチャーリーブラウン
梅田に当時あったライブハウスの店名でニヤリとする
高島忠夫は本当にヤクザの大親分に見える
高嶋政宏も仲村トオルも新世代のヤクザらしい
ただ森尾由美は闇カジノのディーラーにはまるで見えない
石田ゆり子と役を入れ替えた方が良かったかも知れない
主題歌の上田正樹は端役で出演している
何度も出演シーンがあり、一言二言ながら台詞もあり、終盤アクションシーンにまで参加している
しかし彼のステージアクトのようなアグレッシブさはない
ただのヒゲのオッサンにしか見えなかったのは残念
2020年年明け直ぐに、上田正樹さんが出演するイベントが大阪ミナミでありました
コロナが日本でも感染者が出だした頃でマスクをして恐々参加しました
その半月後大阪の別のライブハウスでクラスターが発生して肝を冷やしたものでした
しかしその時の彼のステージは素晴らしくエネルギッシュだった
もう71歳とはとても思えないものでした
「絶対負けへんで!、頑張るで!」何度も何度もそのメッセージを繰り返されていました
本作の公開後直ぐに昭和は終わりました
平成がはじまりバブルは崩壊しました
そしてヤクザ映画の革新は北野武監督が成し遂げていったのです
そして時代設定は令和となり、コロナ禍が襲いかかっています
劇中でトオルが目指したカジノはIRと名前を変えて実現しそうです
ただそれもコロナ禍でどうなるか
本作は早過ぎたのかも知れません