天使の分け前 : 映画評論・批評
2013年4月3日更新
2013年4月13日より銀座テアトルシネマほかにてロードショー
笑いとユーモアを押し出した、巨匠ケン・ローチの新境地
ケン・ローチ監督の「天使の分け前」を見て、知ったことが3つある。
ウイスキーなどを樽熟成して味わいを増す一方で、毎年2%ほど蒸発して失われていく分を「天使の分け前」と呼ぶこと。2つ目はワインの世界と同じように、スコッチウイスキーにもテイスティングと、「日向の草のような」といった評語があること(日本酒にもきっとあるのだろう)。そしてもうひとつは、見終えたあとに胃の辺りが少し重く感じるような映画をこれまで撮ってきたケン・ローチが、笑いとユーモアの映画を撮ったことだが、これはむしろ驚きに近い。
スコットランドのグラスゴーに住むロビーは、100万人を越えた若年失業者のひとりだ。恋人のお腹は大きくなるし、訳の分からない喧嘩を売られた暴力沙汰の結果、300時間の社会奉仕活動に仕方なく従事するロビーの姿は、これまでのケン・ローチの映画を予感させる。だが、奉仕活動の現場で年輩のハリーと出会って、スコッチウイスキーのテイスティングの天分を知ったロビーが、人生の大逆転を賭けて社会奉仕活動の仲間と北ハイランドの蒸留所に出掛けていく珍道中とその結末は、この予感を大きく裏切る。
とりわけ、天使の分け前を逆手に取った仕掛けは、一樽100万ポンド(約1億4000万円)以上で落札される幻のシングルモルトをありがたがる人々に対する痛烈な皮肉になっていて、爽快感さえ漂うのである。
なにはともあれ、ケン・ローチの新境地である。これまでのつらい境遇に訣別して新たな人生に踏み出すロビーの姿は、ぼくたちに生きる元気と勇気を与えてくれる。
(品川信道)