革命前夜のレビュー・感想・評価
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年上の女 と 共産主義(からの 卒業)
戦後の若者、特にブルジョア青年は その恵まれ過ぎた生活ゆえ、コミュニストになり易い
罪悪感だろう
本を読む、映画を観る、オペラを楽しむ…
こんな日々を過ごせる者は 思想的にイタリア国民の為に 貢献しなくては… と、考えるのだと思う
(「若者のすべて」を見ると、南部の人々の 艱難辛苦がよくわかる)
イタリアは ファシズムの清算が不徹底で(ファシスト政党が ナチスほど、残虐でなかった為) 社会運動も混乱する
あの叔母の神経症は イタリアの混乱だろう
稚拙な所もあるが カメラワークなどに 非凡なものが見え、若いベルトルッチの瑞々しい作品となった
最後に 自分の住む世界に戻る青年が オペラを観るのも、イタリアらしい
そして 年上の女が捨てられるのも(定番だ!) 一つの季節の終わりなのだろう
最後に子供達に「白鯨」を読んでいるチェーザレは、詩人 チェーザレ・パヴェーゼがモデルで 本は彼の翻訳である
50年に自殺しているが、ベルトルッチは 彼に薫陶を受けたのだと 思われる
ブルジョワ青年の憂鬱
60年代当時のイタリアがどんな空気に包まれていたのかが分からないと、ブルジョワ青年ファブリツィオの抱える苛立ちや憂鬱に共感するのは難しい。
しかし、彼の憂鬱は撮影当時弱冠22歳だったベルナルド・ベルトルッチの憂鬱そのものだったんだろう。
しかし、ファブリツィオは友人の死(自殺ともとれる事故死)や、若く美しい叔母ジーナとの関係を経て、懐疑的だった筈の同じブルジョワ階級の娘との結婚に流されていく。
「愚かで生意気で、ただ話すだけ。分かっているつもりで、何も分かってない」
結局、ジーナがファブリツィオをなじったこの言葉が全てなのかもしれない。
しかし、このセリフを役者に言わせたベルトルッチ自身もまだ若かったことを考えると、やはり早熟の天才だったのか?
後の作品にくらべれば、若さゆえの粗さも見受けられるが、カメラの位置など並々ならぬセンスを感じることも確か。
60年代のヨーロッパの映画はどれもファッションに注目してしまうが、今作でもジーナのアクセサリーを含めたスタイリングが素敵です。
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