「淡島さんの美しさ。所作を見ているだけでも一見の価値あり。」早春(1956) とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
淡島さんの美しさ。所作を見ているだけでも一見の価値あり。
淡島千景さんは、手塚治さんがファンでリボンの騎士のモデルとした方と聞いていましたが、正直この映画を観るまでは、淡島さんの良さが良く分かっていませんでした。でもこの映画を視聴して、自分の見方を訂正。
なんという圧倒的な美しさ。
特に、杉村春子さん演じる田村タマ子とのおしゃべり等で、淡島さんの上半身、画面いっぱいに写るシーン。バルコニーか何かでの独白のよう。そこだけ、額に入っているよう。昌子とタマ子が狭い長屋で向き合うのだから、タマ子から見た昌子がああいうアングルに写るのは不自然なんだけど、きっと小津監督が淡島さんを美しく撮るために、いろいろ工夫した集大成の場面なのだろうと思います。
そしてそういう演出をしっかりと受けて立てる淡島さん。宝塚ご出身の”如何に魅せるか”×小津監督の”如何に美しく撮るか”のコラボレーションとため息が出てしまう。演じている内容は、タマ子から「夫の浮気に気をつけなさいな」に「そんなことあるわけない。(この時点では)信じてます」というだけのものなのに、何故か神々しくすら見えます。『裏窓』のグレースさんを思い出します。淡島さんの方が生活感があってゆるぎないものがありながらもこの美しさ。
ため息。
他の場面でも、淡々とドキュメンタリーのようなとても丁寧な設定・演出で話が進むのに、そのすべての場面が美しい。
杉村さん、浦辺さんの所作も真似したくなるほど美しい。舞台女優がたくさん出演されているからなのか、小津監督の演出のなせる技なのか?
岸恵子さんも勿論美しいけど、役柄的に「美しい」より「キュート」かな。
役柄的に独身と夫持ちだから仕方ないのだけど、岸さん演じる金魚がふらふら回遊しているのに比べて、淡島さん演じる昌子は大地に根をはっている潔さというか、安定感、凛とした感じがかっこいい。
池部良さんもカッコイイですね。
役柄は日和見的ななあなあ男で誘われれば浮気もし、まずいと思えば金魚に責任もとれないで、結局派閥の上司(笠さん演じる小野田氏)の失脚により、左遷されるって、全然良いとこないのに?
この主役3人以外の人々も、印象として皆背筋が伸びている気持ち良さ。
酔ってへべれけな場面もあるけどお行儀が良いです。台詞の掛け合い、言葉使いのせい?微妙な間が上品?浴衣も、ランニングTシャツまでも、糊が効いてアイロンかけてある感じ。
物語はサラリーマンの悲哀、倦怠期の夫婦を描いているらしいけど、正直、リアルではなく、表面をさらっと当時の風俗入れて描いています。
倦怠期夫婦の危機は、子どもってああやってあっけなく死んじゃう時代だったのねとか、食器や食料の貸し借りとか日常風景が丁寧に描かれていましたが、危機もさらっと。
反対に会社での仕事風景は机に向かって何か書いているだけなのでリアルさないし、出世競争に敗れて冷や飯・左遷とかのエピソードは出てくるけど、結核はまだ死病のなのねとかはあるけど、今のサラリーマンに比べて、なんて優雅なといった印象。
なのに、それを絵空事と一笑に付すなんて、なぜかできない。最後まで見入ってしまう。小津監督マジックか?
観終わった後に背筋が伸びる、ちゃんと生活しよう、と思える映画。
扱っているのは不倫だし、サラリーマンの愚痴なのにね。
会社の歯車に例えられるサラリーマン。本人の個性や働きよりも、没個性の”兵隊”として会社に使われるだけ。とはいえ、その歯車にも、気持ちがあり、家庭があり…。
今の、就職氷河期を経験して人からは、正社員として働けているうえにと反感快走だが。
文字通りの命のやり取りを経験した元兵士が、命をかけて帰ってきた後の未来をどう生きるかの、虚無感と未来への希望がないまぜになっていて…。
そして、その先の未来へと物語は終わる。
新しい酸素を満喫して、青空に向かって背伸びした感じ。
たわいのない日常を描いた話なんだけれどね。