子供たちは見ているのレビュー・感想・評価
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本物の傑作とは何か 本作を観れば分かります
胸が潰れて、涙がこぼれました
本物の傑作です
さすが巨匠デ・シーカ監督と唸るような映画です
冒頭で家族の住む部屋の階数の高さを見せます
そして、アンドレアはニーナの喜ぶ顔が見たくてベランダ窓のカーテンを取り替えてるのですが、電報を読んだ彼がベランダにひっそりと佇む姿を見せて、家政婦アニエーゼに一旦閉じたドアをまた開かせるのです
プリコが如何に甘えん坊でママが好きかを寝かしつけられるシーンでキスをせがませて表現します
これらの簡潔で、あざとくない自然な前振りが、終盤で強烈な効果を発揮するのです
プリコ役の子役の可愛さ、演技力の高さはもちろんのことです
母親から逃げ出して、あてどもなくさ迷って歩く、夕陽にきらめく波間の美しさ
父に問われてウソを突き通そうとするも涙が目に溢れるアップのシーン
ラストシーンのプリコが歩み去るカメラの構図は強く印象に残るでしょう
タイトルが、子供たちと複数形であることに留意が必要です
原題のイタリア語タイトル自体がそうなのです
単数形では、単にこの家族だけの話で終わってしまいます
複数形であることで、観客たる私達全ての物語であり、この映画を観て私達がどう生き方を変えるのかまでのメッセージを持たせているのです
1943年10月イタリア公開作品です
大戦中の作品ですが、まるで戦後の1950年代や1960年代のような余裕のある平和な暮らしぶりです
日本なら1960年代後半くらいのイメージです
海辺のグランドホテルに中産階級の家族がバカンスに行くシーンがあるぐらいなのです
本作は日本語の資料では1944年の作品とあるものが多く、英語資料では1943年とあります
どちらが正しいのでしょうか?
1943年10月は、9月に連合軍がイタリア南部に上陸して、イタリア軍が降伏する兆しを察知してドイツ軍がイタリア全土を制圧した頃の騒然とした時期です
まして1944年などは戦火がローマにまで及んでいます
その中で、戦争の影を完全に排除して、このような映画を撮る姿勢には、監督の明確な意志を感じます
戦争に制約をうけた、その時代だけの物語ではなく、永遠に古びることのないスタンダードな映画を撮るのだという意志だと思うのです
戦後の1948年の映画史に残る名作「自転車泥棒」では、戦後の荒廃が色濃く反映されているのとは対照的です
なりふり構っていられなくなっただけかも知れませんが
本作は、大変に正統派の劇映画です
ネオレアリズモの嚆矢と書いてある資料もありますが、それは一目みれば違うと分かります
これをネオレアリズモと定義するなら、なんだってそれになってしまいます
本物の傑作とは何か
本作を観れば分かります
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