「この男にとって「必要な殺し」とは?」エッセンシャル・キリング Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
この男にとって「必要な殺し」とは?
あのスコリモフスキがヴィンセント・ギャロ主演のアクションを撮った?こんな前評判に、私の頭は完全に「??」マークでいっぱいになった。スコリモフスキのアクション
なんて観たくない・・・と思っていたのに、拒絶反応より好奇心が勝り、それでも半ばいぶかりながら劇場に足を運んだ。申し訳ない、完全に私の負けです、これはまさしくスコリモフスキの世界観。本作の主人公はいっさいセリフを喋らない。アメリカ軍に追われるイスラム兵(それでさえ、確信は持てない)ということ以外の情報は全く与えれ等ない。この男の孤独な逃亡をカメラはただひたすら追うだけだ。聞こえるのは男の息づかい以外は、動物の鳴き声などの自然の音だけ。雪深い東欧の林野(美しくも厳しい大自然)を、この男はいったい何のために逃げ回るのか?時折インサートされるイスラム音楽と、ブルカ姿の女性の映像。音が観る幻影こそ、この男が信じる風景なのだろう?傷つき血を流しながら、木の皮や蟻(貴重な蛋白源)を喰い、出くわした赤ん坊連れの女性の母乳(!)を吸って生き延びる男は、いったいどんな人生を送ってきたのか?そんな強烈なキャラクターをギャロがギラギラ光る眼差しで渾身の演技を見せる。たった1人、男を家に入れ開放する聾唖の女を演じたセニエ(ロマン・ポランスキー夫人、凛とした美しさ)の押さえた演技と好対象をなす。翌朝黙って男を送り出す女、この2人の間に恋愛感情を与えるような通俗なストーリーにしないのがスコリモフスキだ。白い馬の背を、吐いた血で染めながらも、男は前を見つめる。男にとってエッセンシャル・キリング(絶対的に必要な殺し)を証明するのは「生き延びる」こと。主人を亡くした赤い背の馬が、彼の逃亡の終結を表しているようで、胸が痛んだ・・・。