劇場公開日 2011年3月5日

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「ポカリと、鍋」コリン LOVE OF THE DEAD ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ポカリと、鍋

2011年8月6日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

興奮

知的

本作が劇場映画デビュー作となるマーク・プライス監督が、日本円にしてわずか5800円という超低予算で作り上げた、ゾンビ映画。

本作を観賞する前に、もしも貴方が眼鏡を掛けていらっしゃるのならば丁寧に拭いておく事をお勧めしたい。何故ならばこの作品世界の大半が暗闇の中で展開される上に、画質を徹底して落とした演出となっているので、目を凝らさないと物語に置いていかれる。

「誰だ、あんたは?」と自問自答を繰り返している内に、切ないラストへと一気に連れて行かれて消化不良・・残念なりという事にならないように、お気をつけ頂きたい。

さて、本作である。近年、冗談としか思えない奇抜な条件の下で繰り広げられるゾンビ映画群が乱発する中で、この作品は極めて異質なものと捉える観客も多いだろう。ゾンビ映画の祖、ジョージ・A・ロメロが初期の作品で観客に提示した「純粋な殺戮、破壊、捕食」を軸に据えているので、無駄に差し込まれる恋愛要素や内輪もめなどのテーマを削ぎ落としたゾンビへの素朴な観察映画の如き視点が活きている。

そのドキュメンタリーのような客観性が際立つのは、作品中に一度も拳銃が登場しない点にも表れる。「頭を打ち抜けば、ゾンビの皆さんは息絶える」この世界基準の常識が蔓延してしまった現代にあって、あらゆるゾンビ映画に前提として拳銃を持った兵士の存在が必須となっている。その中で、本作は兵士はもとより、銃器がほとんど出現しない。

「ゾンビ」という特殊な、人間の姿をした怪物の感情、本能を深く、丁寧に掘り下げるという内面への潜伏は、多くのモンスター映画にある過激に怪物を退治する爽快感の追求とは相反する意思が息づいている。その点では、出尽くした感のあるゾンビ、モンスター映画を見つめ直し、可能性を原点から考えようとする目的意識が強く、本作の迫力と魅力の原動力となっている。

閉じ込められた家に蠢く、ゾンビの皆さんに二つの簡素な鍋を振り回してぽかぽか戦う男性の姿に思わず笑みがこぼれつつ、武器を持たない人間を形にすればこういうことなんだろうなと想像してみれば、背筋が凍ってしまう。

より、現実に則して。より、ゾンビ映画に真っ直ぐ向き合って。ぽかりと軽い音を出す鍋は、とことん無力な生身の人間への警告と、空虚な現代ゾンビ映画群を風刺した鋭いユーモアの形なのかもしれない。低予算という特徴ばかりに目を向けるには惜しい、挑発的に映画界に立ち向かう作品だ。

ダックス奮闘{ふんとう}