「登場人物の複雑な思いが狂おしいほど感情が引き出されていて、伊藤監督の演出の超絶なキレを感じずにはいられませんでした。」ロストクライム 閃光 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
登場人物の複雑な思いが狂おしいほど感情が引き出されていて、伊藤監督の演出の超絶なキレを感じずにはいられませんでした。
ストーリーは突っ込みどころもありながら、巧みなストーリー展開と登場人物の感情表現をエッジを効かせて描く演出に、大満足しました。
小地蔵は、渡辺大という若手俳優を、最近では贔屓にしている。渡辺謙の息子だからというのでなく、彼自身長身の端正のとれた佇まいから、放たれる強烈な目力が凄いと思っているからです。
その渡辺大の主演作品ということで、本作を見にいきました。『臨場』と同じ刑事役なのに、全く雰囲気が違っていることに驚きました。『臨場』で見せる張り詰めた表情の捜査一課の一ノ瀬刑事役と比べて、本作の所轄の若手刑事片桐役では、どこか初々しさを感じさせる新米刑事といった風情。『臨場』とはガラリと変わっていました。さらに本作のなかでも、刑事としての表の顔と、上司に内緒で同棲中の風俗嬢の多恵子に、仕事の鬱憤をぶつける時の、情けないオフの顔との落差が別人のように激しいのです。完璧にキャラを演じ分けられているところが凄いと思いました。
そんな片桐も、三億円事件を隠蔽しようとする警察組織の横暴さに、感情を爆発させます。ラストでもみ消しに奔走する警察組織に捕まってしまった片桐が、「黙秘します」と絶叫するときの表情に、万感の積もり積もった感情の重みを感じさせて、渡辺大という俳優のポテンシャルの高さを感じさせました。
本作で渡辺大の演技を凌ぐ、凄い演技をしているが、片桐の相棒となる定年を間近に控えた古参の刑事、滝口役の奥田瑛二。若手俳優の台頭を強烈に意識したのでしょうか。数多くの映画作品を見てきたなかで、本作での奥田瑛二の演技ほどに、登場人物の抱えた宿命の重みと、悲痛を、心臓がえぐられるように感じたことはありませんでした。
決してオーバーアクションではないのです。細かい演技の所作もさることながら、魂で観客のハートを揺さぶってくるような、凄い演技だったのです。
例えば、滝口が3年前に亡くなった妻を思い出すときの嗚咽。三億円事件の責任感から自殺してしまったガードマンの息子に、不用意に犯人情報を漏らしてしまった時の、悔恨の表情。それが元で引き起こす心筋梗塞の発作。いずれも真に迫るものでした。
さて、ストーリーは、2002年に発生した殺人事件から始まります。滝口だけは、この事件が34年前に発生した三億円事件と関連があることを直感します。殺されたラーメン屋店主葛木勝は、事件の最重要容疑者としてマークしていた立川の暴走族グループのメンバーだったからです。滝口は当初煙に巻いていた、片桐とコンビを組んで、独自捜査に乗り出します。
ふたりの関係が、やがて深く結ばれていくのは、定年間際な滝口の3億円事件にむけた情熱と足で稼ぐ捜査手法に、片桐が次第に尊敬を深めたことと、滝口の方も3億円事件当時の自分と同い年の片桐に、その頃の自分を見る思いがしてほっとけない気持ちが棄てきれなかったからのです。
滝口が3億円事件を再び嗅ぎ回っているという捜査内容を掴んだ警察上層部は、ふたりを捜査から外してしまいます。それでも捜査を止めようとしないふたりに、警察組織がキバをむき出しにして、襲いかかります。刑事が事件を追ううちに、自らの警察組織を敵に回すとは、何と皮肉なことでしょうか。
どうも3億円事件には、警察幹部の子息が関係していて、そのことを徹底して隠蔽しておきたいという裏があって、警察組織は全力でふたりの刑事の確保に努めていたのでした。それは射殺も止むなしという非常さだったのです。
滝口は、警察の包囲網を突破しつつ、3億円事件に関係していると睨んだ犯人グループと面談しようとしますが、先回りするかのように次々と殺されていきます。本作のメインは、三億円事件の事件でなく、2002年の現在で発生している連続殺人事件であるのです。 余りのタイムリーさに、滝口は連続殺人事件の犯人は、3億円事件に関係していて、自分たちと情報も交換してきた、ある事件記者ではと直感します。
次々と殺される3億円事件の生き証人たち。最後のひとりを巡って、連続殺人の犯人と証人の口封じがしたい警察組織、そして何とか生き証人を保護したい滝口と片桐のコンビの三つ巴の戦いが始まります。
全てのもみ消しに成功したかのように見えて安堵する警察組織に、ラストに見せる滝口の用意しておいた反撃方法が痛快でした。
伊藤監督は事件の山のような資料を読みあさり、事件当時の細かなディテールこだわったそうです。スクリーンに登場する車やバイクを初めて、小道具に至るまで全て当時に使われていた本物を使用。おかげで山場となる3億円事件の再現シーンは、まるでドキュメンタリーを見ているかのようです。そして再現シーンは、事件後の顛末まで克明に描いていきます。犯人と目された警官の息子が青酸カリを飲まされて殺されてしまうシーンは、家族の複雑な思いが狂おしいほど感情が引き出されていて、伊藤監督の演出の超絶なキレを感じずにはいられませんでした。
それにしても、警察のメンツのために、殺されてしまった少年A。けれども主犯が警察上層部の子息だったなら、何も殺すことはなかったのです。結局犬死になってしまったこと結末に、監督が狙った組織の不条理について、はらわたが煮えかえるくらい記憶に残る作品となっています。