劇場公開日 2010年3月27日

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「痴呆症の老人の心を癒すための嘘。あなたはそれを許せるでしょうか。」やさしい嘘と贈り物 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0痴呆症の老人の心を癒すための嘘。あなたはそれを許せるでしょうか。

2010年3月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 これは若いカップルでもうっとりするくらいロバートとメアリーの愛の物語でした。ふたりのデートシーンを描き込むカメラがとってもハートウォームなんです。そして会話もさることながら、恥じらいつつも手を繋ぐところなど、細かい演出が効いていて、ふたりの恋が年齢を感じさせないくらい初々しく感じました。

 やはり一番のポイントは、マーティン・ランドーとエレン・バースティンのベテラン演技派の2人が年老いた夫婦役。心に染み入る演技を見せていました。

 対照的なのは、本作の脚本・監督が若干24歳の新人監督であること。孫世代の若者が老人の心境にどう迫っていくかが興味深い点でした。
 この監督のいいところは、主人公のロバートを暖かく見守って、裁いたりしていないことです。それと少しずつロバートの日常の描写がなんか変だぞと観客に思わせる、メアリーとのデートは本当は夢じゃないのかとネタバレを臭わせる展開が憎いです。

 『やさしい嘘』は、ロバートだけでなく観客にも思わぬ嘘がありました。夢じゃないないかと臭わせつつも、実はロバートが体験するメアリーとの恋物語は、本当に起こっていたことだったのです。
 認知症の老人に降って湧いたような、素敵な恋の日々。どうしてそんなことが起こりえたのか、余計なネタバレが省かれているところも良かったです。ラストを見れば、バレバレなんですがね。

 ストーリーは、ランドー演じる独り暮らしの老人ロバートの日常を追っていきます。ロバートの日常は、毎朝決まった時刻に目覚め、スーパーで働く単調な暮らしぶりでした。 そんな時に偶然同年輩のメアリーに出会い、クリスマスデートに誘われます。その日以来、毎日がメアリーとの素敵なデートの日々。でも毎回描かれるデートは、クリスマス・イブの日のことが繰り返されていました。

 そしてラストではがらりと展開が違っていきます。それまでは、クリスマスを背景にしたロマンチックなふたりの恋物語としか見えません。
 ところが、ラストにさしかかると、カメラは次第にロバートの意識下の世界に入り込んでいきます。
 それは、これまで見てきた恋物語の展開があれっと疑問を抱くものでした。ロバートは、知り合ったばかりのメアリーとは、前から一緒にいたような感じもしてきて、記憶すらあやふやに。これまで描かれてきたことが、現実なのか夢なのか、だんだん混乱していきます。
 自分の内面との激しい葛藤に襲われるロバートは、妻や家族との混濁した記憶を必死でたぐり寄せようとするのでした。

 結局、ロバートは認知症だったのです。本作のエピソードは、全てロバートの孤独な内面から、妻や家族が再生に導くためにひと芝居打っていたものでした。
 確かにそれは「やさしい嘘」には違いありません。でも見ていて余りにも、嘘というには切ないものでした。皆さんは、この嘘が許せるでしょうか。でも間違いなくロバートにとっては、家族の心からの素敵な贈り物だったのです。
 また同名の「やさしい嘘」という作品が以前にもありました。これもなかなかの感動作です。一つの嘘から描かれる家族愛という点では、厳しい現実を越えていく現代の家族の絆の物語として、共通するものを感じました。

 この青年監督はも老人の孤独や絶望を見つめる視点が、とても若者が考えられるものではないほどの思慮深さを感じさせます。
 そして、それ以上に心を打つのは、ロバートの孤独を癒しも開かせていく夫婦愛が感動的でした。

 また作品に合わせた映像も特筆もの。ロケ地は監督の出身地であるとかで、一つ一つのシーンに思い入れを感じさせます。とにかく映像はとても美しくて、ファンタジックでした。
 ロケ地のネブラスカ州オマハといえば、『マイレージ、マイライフ』舞台でもありました。詩情あふれる雪の町にふさわしい、ロマン溢れる物語といえるでしょう。

流山の小地蔵