ずっとあなたを愛してるのレビュー・感想・評価
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観る、見る、魅る
フランスの小説家、フィリップ・クローデルが監督を務め、名優クリスティン・スコット=トーマスを迎えて描く、一人の女性が辿る小さな再生の物語。 様々な色が入り混じる瞳が、印象的である。人種から来る色だけではない。好奇の色、疑惑の色、思慕の色。一つの物語の中で、人間の眼差しを通してこうも複雑に、豊かに伝わってくる心の機微。むせ返るような困惑の熱気と、そのもやもやを乗り越えた先に広がっていた、爽やかな風。 事件のような事件が一切起こらない毎日を淡々と描く世界を観賞する一時。そこから見えてきたのは、余りにシンプルな、そして魅力的な市井の人々の暖かさと、面倒くささだった。 15年間、自分の息子を殺した罪で刑務所に服役していた女性、ジュリエット。本作は、彼女がなぜ、愛する息子を手にかけたのかという一つの疑問を解き明かすというテーマを最初に提示し、始まっている。だが、観客は物語に寄り添っていくうちに、気が付く。 そんなことは、もう、どうだっていいんだ。 彼女が15年の苦悩の先に開け放った日常には、過去を受け入れられない自分に苦しみながらも、女性を見つめる妹。女性を戸惑いながらも見守る人間たちが、いた。女性を根本的に助け出す答えは見つからない。でも、何も言わずに、笑顔で支える。その無関心ではない素っ気無さが、嬉しい。 ゆっくり、静かに、立ち上がっておいで。 上手くいかない毎日の中で、きっと自分一人が生きているような孤独に苦しめられる人がいる。そんな自分を平気で苦しめる人間がいる。それを承知したうえで、本作はそれでも誠実に、不器用に生きていく一人の女性を肯定する。それはそのまま、日常に打たれ、前に進めない私達もまた肯定してくれる。 人とぶつかるのは、本当にややこしい。嫌になることもある。でも・・どうしようもなく暖かいことだってある。女性が最後に見せる眼差しは、部屋に差し込んだ光に照らされ美しく輝いてる。それで、救われた・・・誰が?彼女が? いや、私達が。
真実は時として滑稽である
妹レアの友人達が集まったホームパーティ-。アルコールも入り、あけすけな言葉も飛び交う。その中で、レアの姉ジュリエットについての質問が向けられる。突然レアの姉としてレアの友人達のまえに現れたジュリエット。美貌だが、あまりに人と語らおうとせず、陰のある女。人々はジュリエットがこれまでどうしていたのか、なぜ妹の前に何年も姿を表さなかったのか、疑問に思っている。酒も入った勢いで一人友人がその来歴について執拗に問いかける。レアもその夫リュックも質問を遮ろうとするが、男は意に介さない。ついに語るジュリエット。「殺人罪で15年間刑務所にいたのよ」巻き起こる哄笑。誰もジュリエットが真実を話しているなどとは思わないのだ。唯一、レアの大学の同僚のミシェルだけがそれを真実の告白として聞いていた。 映画の中盤あたりで訪れたこのシーンで私は、滂汰の涙となった。意を決して語ったジュリエットの言葉を誰もが真実の告白とは思わないのだ。「幸せな」人には、酷薄すぎる事実はつまらぬ嘘のようにしか思われないのだ。愛する友人の姉が殺人犯であるという真実を知ることを敢えて望む人がいったいどこにいるのだろうか。そんなことを知っても誰も幸せにはならない。刑期を終えたとはいえ、殺人犯だった姉を持つ者と誰が友人であろうとするのか。仮にそれが事実なら愛する友人と距離を置かざるを得なくなるだけだ。だが、しかし真実というのはそういうものなのだ。このシーンだけで私は今年の映画の中でも、この作は最高傑作だと思った。そのあとに描かれるジュリエットが殺人の経緯についての描写は、正直蛇足だと思われた。出来れば、語られてしまえばありきたりのものでしかない殺人の動機について描かれないことを望んだ(その望みは、予想通り裏切られることになるが)。 興業を考えれば、付け足さざるを得ない動機の解明の部分(それもあからさまでない形で最低限の慎みは維持されていた)はさておいて、先に述べたジュリエットの告白の場面とそれを聞いて大笑いする妹レアの友人の姿を描ききっただけでこの映画は、素晴らしい。真実は滑稽である。しかし、それは妹友人達がジュリエットの告白を聞いて笑ったからではない。真実は、ジュリエットにとってむしろ滑稽なものだと、この告白を通じて示されたのだ。ジュリエットの行為の意味は誰にも理解されないということ。それは語り得ぬものだということ。それを見事に示したこの映画は、本当に素晴らしい。
子をあやめる姉 子をうまぬ妹
読売新聞夕刊の 正月映画特集で満点を取っていたのが 『カールじいさんの空飛ぶ家』『牛の鈴音』そして、今作。 公開初日に満席になるのを見越し、 映画館の会員特典を利用し1週間前に指定席確保。 結局は、1回目は8割ほど、2回目が満席と 読みは、外れましたが、良席で鑑賞できました。 ☆彡 ☆彡 重いなぁ 重すぎて 号泣できなかったよ 隣の女性。 鼻水啜るは、 鼻かむは、で号泣していました。 概ね、女性客のほうに感涙されている人が目立ちました。 “我が子を殺した女性の再生の物語” ストーリーの核はこれですから、 女性のほうが心に来る衝撃が大きかったのだと思います。 終盤に、その真相が本人の口から語られますが、 特に、女性のかたはスクリーンを観ていられず、 劇場の外に出てしまわれる人がいてもおかしくない気がしました。 ◇ ◇ 作品の視点は、 再生する女性よりも、 彼女を温かく見守る人、 中には冷たく突き放す人、から 見た視線に重きが置かれます。 主人公の女性は 起こしたことがことだけに、 無口で殻に閉じこもっていますので、 周りの人のセリフのほうが多いのです。 そういった 周囲の支えにより 彼女の表情も解きほぐされていきます。 この点を、フィリップ・クロデール監督は、 彼女のセリフでなく、先に触れた表情や、 ちょっとした仕草で、表現をさせています。 感心したのは “距離”の使いかた。 ネタバレを防ぐため2つだけ。 例えば、2週間に1度の面接で、 警察署を訪問していたのが、やがて面接の場は、 カフェにかわる。そしてカフェの中でも、お互いの座る位置が、徐々に近づいていく。 他にも 彼女を預かる妹一家のご主人の ちょっとした表情の変化からも、 彼女との距離が近くなる様子をうかがわせています。 ちなみに、このシーン、 彼女は、最初胸の前で腕を組んでいるんですね、 しかし、彼からの信頼=距離が近づいたことを感じ、 腕組を、崩します。緊張から緩和、このあたりの小さな 心のうごめきを表現するのが、実に巧みな監督さんでした。 もちろん、それを演じきる役者の力量抜きには語れません。 ◇ ◇ 変化は再生する彼女だけではありません。 彼女の再生を助けようとする人々にも変化が起こります。 それは、喜ばしいことばかりではなく、悲劇をも起こすのですが・・・。 私が一番グッと来たのは、 姉妹が揃って母親の病室を訪れるシーンかな。 観る人によっては「よかったね」と笑顔になるのかもしれませんが、 登場人物たちの心情を鑑みると、あまりにも悲しくて泣けて仕方がありませんでした。 姉妹が病室を出て行ったとき、心底ホッとしてしまいましたから。 ただ、多くの人が一番泣けるのは、 終盤、彼女が真相を語るシーンでしょう。 私は、彼女の想像もできぬ苦しさに、涙はでず、 思わず、口元を両手で覆ったまま、しばしの間、固まってしまいました。 “わたしは、ここにいる” ラスト。 物語の幕は下りても、 彼女たちにとっては、 ようやくスタートラインに立てた。 ここから、また始まって行くのです(笑顔) ☆彡 ☆彡 とても緻密で完成度の高い作品です(笑顔) “ずっとあなたを愛している” あなたはなにがあったとしても、 家族に声をかけてあげられますか?
クリスティンの名演から、現代社会と人の心の奥底が見えてくる
主演のクリスティン・スコット・トーマスが絶品の作品だ。あまり感情の起伏を見せず、ほとんどが無表情なのだが、人生で背負ってきたものの重さを内面から感じさせる、見事な演技には終始感服してしまった。そのクリスティンの名演から、声なき声で語られる元囚人の孤独感、そして息子を殺した罪悪感が、この作品の大きなテーマとなっている。 この作品の物語では、元囚人を受け入れがたい社会、囚人だった者を家族として受け入れる実妹たち、そして元囚人に対する嫌味な関心、という3つシチュエーションが元囚人の主人公の目線で描かれている。この中で、主人公に対する他人たちの関心が、逆に人間の心にある冷酷さを見せつけていたことは、とても興味深かった。 物語の途中、主人公へ恋心をもつ妹の同僚について、妹が彼のこれまでを話すくだりがある。そのとき、主人公は「私はあなたに自分のことをまだ話してない」と言って、同僚を語る妹の話を遮ろうとする。このシーンに、元囚人という立場の人間としての弱さがストレートに描かれていると感じた。 今の社会では、人と人が付き合うとき、内面やこれまでの人生を言わないと、相手に胸襟を開いていないと思われてしまうことがよくある。しかし社会の中での人づきあいとは、よほど好意をもつものでなければ自分のことを語る必要などないはずだ。なのに、それを聞きたがる人が多いのは、どこかに自分と相手を比べたがり、自分が相手より優位な点があるかどうかを見極めたいと思う人間が多くなったからだ。しかし、それは元囚人が社会の中にもう一度はいっていくときの大きな壁となってしまう。 この作品では、普段は気づかない、現代の社会にある無作法さや悪意などが透かして見えてきて、ある意味、観ている者はろ学ぶべきとこが多いと感じた。それは、元囚人という視点から見た社会を描いているからこそ、ではなかったかと思う。その視点を最後までブレなかった、監督のうまい演出力が光る作品なのである。 ラストにかけて、主人公がなぜ自分の息子に手をかけたのかが語られるときの衝撃さは、大きな感動を呼ぶ。だから、一番肝心な点は伏せておくが、人間の深遠な部分にどこまで踏み込むことができるのか、観たあとにとても考えさせられることの多い作品であることを、これから観ようとしている方は肝に命じておいてほしいと思う。
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