劇場公開日 2009年5月16日

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「もし目には見えなくとも、音だけで誰かとつながっていることを実感できたら、癒されませんか。この作品は、『お隣』と『音鳴り』を引っかけた素敵なお話でした。」おと・な・り 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0もし目には見えなくとも、音だけで誰かとつながっていることを実感できたら、癒されませんか。この作品は、『お隣』と『音鳴り』を引っかけた素敵なお話でした。

2009年5月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 もし目には見えなくとも、音だけで誰かとつながっていることを実感できたら、癒されませんか。この作品は、『お隣』と『音鳴り』を引っかけた素敵なお話でした。
 作品中でもとある登場人物の台詞の中で、無意識の中で聞こえている音の大切さを強調していました。人は表面意識で関知している音よりも、自然界の揺らぎ音、波の音や、木々がふれあう音。はたまた、風の音や雲があくびする声、さらには精霊のささやきなんかを無意識に聞いていて癒されているのだろうなぁと思います。

 この作品が淡々としているのは、まだ恋も始めていない、顔すらろくにあわせないお隣さん同士が、運命にたぐり寄せられるように、「出会う」までの、恋のエピローグの部分にスポットを当てた作品だからです。
 だから普通のラブストーリーみたいに、恋い焦がれる熱いシーンもなく、修羅場もありません。それでも、恋と人生がそっと動き出すだすまでの時間を、包み込むような優しいまなざしで描かれているところに、思わず共感してしまう人は多いのではないでしょうか。主演の麻生久美子は、少々天然ぼけの入った間延びした台詞回しを見せますが、それがかえって、この作品の雰囲気にマッチしていたと思います。

 二人を引きつけるものは、アパートの壁越しに聞こえてくる生活音。普段の聞こえ方よりも、高音域にエッジを効かせて、より明瞭にお隣さんの音を強調して表現しています。ちょっと非現実的に聞こえてしまいます。まして、隣の生活音がリアルに聞こえてくるって、普通ならとても不快ではありませんか。でも、この作品を見ていると、そんな音でも素敵に見えるから不思議です。
 特に七緒がだまされて落ち込んでいるとき、壁一つとなりの聡がそれを察知して、七緒の好きな『風に吹かれて』という曲を鼻歌で歌い出すシーンがじわりと感動的でしたね。 当然聡の鼻歌は、七緒にも聞こえます。七緒はそれに感動して、涙ながらにコーラスするのです。まだ知らない同士のお隣さんが、音だけで心を通わせ会うなんて素敵な関係だと思いませんか。

 それと二人はアラサーを迎えて、人生の大切な転換期を迎えようとしています。お互いの決断が、微妙にすれ違って、こんなに近い関係なのに、監督はなかなか出会わせようとしない。自然なすれ違いを演出していて、観客をやきもきさせるところは、なかなか憎いです。

 でも、二人の関係が同窓生というのは、ちょっといただけません。だって同じアパートに住んでいて、ときどきすれ違うのに全く気がつかないというのは、おかしいではありませんか。

 それと、聡の友人のモデルのシンゴが、失踪したところも、人気の凋落によって失意の失踪になっているけれど、突然戻ってきたり、全然落ち込んでいなかったり、作品の中で重要なサブストーリーの主人公になっている割には、平板な描かれ方だなと思いました。
 ただし、失踪したシンゴを探して聡の部屋に押しかけてくる茜の厚かましい浪速女ぶりは、徹底していて谷村美月の名演技だと思います。その厚かましさぶりにぶちぎれて、たしなめる時の聡の迫力も相当なものでした。これもよかったです。

 お隣を描いた作品としては、深川栄洋監督の『真木栗の穴』が一枚上手と思います。だけれど、ラストの映像抜きの音だけで、ふたりがどうなったかありありと表現する手法に、映画の新たな可能性と出会った気がするというのはオーバーでしようか?

流山の小地蔵