「心の奥からわき上がる思いのままに演じた松雪泰子の演技が素晴らしい。一人でも多く乳がんの早期発見を祈りたい!」余命 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
心の奥からわき上がる思いのままに演じた松雪泰子の演技が素晴らしい。一人でも多く乳がんの早期発見を祈りたい!
主演の松雪泰子は、『デトロイト・メタル・シティ』でのデスレコーズ社長役が強烈できっとSぽっい人だろう思っておりました。
そうしたら試写会の舞台挨拶に現れたご本人を見てびっくり。スラリとした長身の美人で、見るからに繊細な天女さんのような出で立ちでした。
司会のインタビューに答えて、主人公の百田滴役を、心の奥からわき上がる思いのままに演じたそうです。すごく感受性の高い女優さんだなぁと感じましたね。直感のままに、様々な役どころになりきってしまう人なのでしょう。
「葛藤しながら、どれだけリアルに演じられるか、とても繊細な感情表現を必要とするので感覚を鋭敏にしてました。命が終わっていくタイトルですが、逆に生命力を感じる作品になっていると思う。みなさんの生きる力になれば。」とのことでした。
デビュー18年目で出会ったまさに渾身の一本を演じきっています。
松雪が演じる滴は、外科医だけに自らを待ち受ける過酷な運命を自らの診断で知ることになったのです。それは結婚10年目にして待望の第1子を妊娠しながら、乳がんの再発という事実でした。
子供をあきらめて治療に専念するか、自らの体を犠牲にしてでも出産するか。普段は患者に伝えていた言葉を自らが受け止めなければならないとは、なんと皮肉で過酷なことでしょう。
それを悟ったときの、眉間にシワを寄せて苦悩する表情の何とリアルな事でしょう!松雪という女優は、ナイーブな感性の持ち主なんだと感じましたね。
アグレッシブな女医から、聖母のような微笑みを持つ母親へと一気に変わるところをぜひ注目してください。
夫に打ち明けると出産を反対されるので、彼女は妊娠も、病気のことも伏せてしまいます。全編のなかで印象的なのが、夫に連れられて、故郷の奄美・加計呂麻島の旅したときシーンです。島の美しい風景と滴の親戚たちの陽気さのなかで、ひとりいたたまれなくなって、泣き伏せる滴の気持ちが痛いほど伝わってきて、泣けてきました。
加計呂麻島の夕日の中で、一人で決断する滴でした。この美しい景色を赤ちゃんに見せたいと。
その決意は悲壮でした。医師からカメラマンとなり、固定収入のない夫を、追い出すように長期の離島の仕事に送り出して、たった一人出産に望みます。同僚にも知らせたくないと、勤務先でない病院で。孤独に落ち込む滴を同じ病室の人が励ます言葉がよかったです。どんな苦労も生まれてくる子供が埋め合わせてくれると。
出産後、カーテンを閉め切り家に閉じこもる滴を気遣って友人の元同僚きり子が訪ねてきます。彼女は産婦人科医でした。すべてを知ったきり子は、滴に強烈なビンタを喰らわして、何でワタシに子供を取らせなかったのよと詰め寄ります。
滴は、あなただったらどうすると医学的に切り返します。威勢よかったきり子は沈黙してしてしまいます。本作での選択がどれくらい悩ましいことなのか象徴的なシーンでした。
滴の孤独は続きます。予定日を過ぎても、夫は撮影旅行から戻ってきません。待ちに待った夫との再会シーンもお互いの感情が爆発して、感動的でした。
物語は、滴の最後を敢えて描きません。余命というタイトルなのに余命を描かなかったのです。ラストは意外な展開に。(ちょっと不満ですが)
それは、劇中何度も読み上げられた絵本『モモ』(映画にもなりました)の時間泥棒というお話がヒントになっています。病魔に盗まれた時間を滴はどう取り返したか?
再び出てくる加計呂麻島の夕日じっと見つめる少年の中に、言葉にならない言葉が託されているような気がしました。
最後に、松雪自身も一人息子を育ててながら、女優としてキャリアを着実に積んできたそうです。原作を読み終えた直後に乳がん検診に行き、医師からは「胸が張りやすいので、乳腺症に気をつけるように」と診断されたそうです。「この映画をきっかけに女性のみなさんが検診に行っていただければうれしいです」と早期発見の大切さを訴えていました。
生野慈朗監督の『手紙』も見てみたくなりました。