「映画の魅力に満ちた作品」そして、私たちは愛に帰る よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
映画の魅力に満ちた作品
やっと鑑賞することができたこの作品。以前、BSで放送していたのをたまたま途中から見たのだが、素晴らしいラストにもう一度見たいと思いつつも作品のタイトルを忘れる始末。レンタル屋さんで見つけることができて本当に良かった。
3組の親子がドイツとトルコを舞台に出会い、そしてすれ違う。
映画が訴えかけてくる政治的メッセージは明確。トルコの民主化とEU加盟への是非。
製作されてから年数が経ち、トルコとEUをめぐる状況も当時と現在とでは大きく異なる。もはやトルコの政府も国民もEU加盟に甘い夢を抱いてはいないだろうし、当の加盟国の人々もEUに失望を感じている。
とにもかくにも登場人物たちのベクトルはトルコのEU加盟、そして民主化に向かっている。
しかし、そのような政治色の濃い設定でありながらこの作品は親子の繋がりという、国や宗教を異にしてもなお人生の中心的な問題から焦点を外さない。
娘を亡くしたドイツ人の母親が、主人公の教授/本屋の部屋を訪れた時に、隣の建物の荒み具合に言及する場面がある。このとき主人公はマフィアの影響で街が荒廃するようなことを話す。
その後主人公に部屋を借りたその母親が建物を出るシーンでは、隣の建物には工事用の足場が組まれている。母親がしばらくトルコに留まり、娘の遺志を継ぐ決心をして出かけるシーンである。
朽ちかけた建物が生まれ変わる工事が始まる兆しを移すことによって、母親の気持ち、そして他の3人の登場人物たちの、あるいはトルコ社会の変化への期待を膨らませている。さりげなく目立たない演出かもしれないが、観客は十分に変化を感じることができるだろう。
黒海沿岸の街へ父親を訪ねに行く主人公は、海辺の町で父の居所を探し当てる。海が荒れているからすぐに戻るだろうと老人に言われて、遠く沖を見つめる主人公のクロースアップ。続く、海に向かってカメラには背を向けるロングショット。海へ釣りに出かけた父親の帰りを静かな砂浜で待ち続けるこのラストシーンにエンドクレジットが流れ始める。
やっと見つけた父親に早く会いたい気持ち、これまでのわだかまりを捨てて関係の修復を望む気持ちに感情移入させるクロースアップと、さざ波が天候の崩れを予感させ、父を待つ主人公の心細さをとらえる引きのショットへの切り替えが素晴らしい。
映画的語り、トルコの風景。大満足の一本である。