「赦しの犠牲祭。」そして、私たちは愛に帰る ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
赦しの犠牲祭。
名画座にて。
惜しむらくは、トルコ系移民の実状についてもう少し知っていれば。
そんなことを考えさせられる作品だった。
自身もドイツ生まれでトルコ系移民二世であるF・アキン監督作品。
冒頭で大学教授ネジャトが父・アリに逢いに行くのであろう場面が
映る。なるほど、そのシーンはラストシーンに回帰するのだったが。
時間は巻き戻り…アリは娼婦・イェテルを家に囲い同棲を始めるが、
ネジャトに娘アイテンの話をしたのち、あっけなく死んでしまう。
彼女のためアイテンを探すネジャトだが、実はそのアイテンは
反政府運動に身を投じており、ドイツに不法入国し母を探していた。
アイテンがドイツで出逢った大学生・ロッテとその母親・スザンヌ。
スザンヌには危ない橋を渡ろうとする娘の気持ちが理解できない。
…という3組の親子の話であるのだが、これだけの登場人物と
時間軸の交差、他国との行き交いを含めても実に分かりやすい。
それだけに、、分かりあえない親子間のすれ違い。別れ。死。が
重く感じられる…。しかしながらこの作品は人間同士の関わりや
助け合いのシーンにも恵まれており、ヒトがちゃんと描かれている。
ほんの些細なことで喧嘩をして、取りとめのない間違いを犯す。
べつにイスタンブールやブレーメンでなくたって、それは、ある。
冒頭に出てくる「犠牲祭」という言葉の所以を問いかける本作は、
最後にその意味に気付かされる私たちをじっと待つかのようだ。
空港を行き交う棺。
貼りはがされるポスター。
知り合いの待ち人に出逢えない必然。
…人生ってこんなものなのかもしれない。
確かにドラマじゃないんだから。そう巧くいくわけがない。
だけどそこから学べることって、本当に多いのだ。
ネジャトとスザンヌの決断には、愛に帰ろうという想いが見える。
いい作品だ。
(明日は言えないかもしれないから、今日のうちにごめんなさい。)