「【国境】を目視して確認する事は出来ない」トウキョウソナタ 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
【国境】を目視して確認する事は出来ない
妻役の小泉今日子が、旅立って行った長男の部屋に入ると、部屋に残されていたテレビにはガムテープで“国境”とゆう文字が張られている。
次男の部屋の入り口にも、やはりガムテープが張られている。
地図の上では明確に示されている“国境”だが、その記しを現実的に見える人、或いは見えた事実はまだ確認されてはいない。厳密には地球上に“国境線”とゆうモノは存在していない。
「日本はアメリカに守られてるじゃないか!」と、父親に問い掛ける長男。
こんなセリフがスクリーンに映る日本映画から聞こえて来るなんて驚いた。
従来ならば「戦争は怖い…」と云った類のセリフが必ず主要登場人物の口からは吐き出された筈だ!
だからと言って、この作品が抗戦的な思想で作られている訳では無い。
最終的に長男は、画面上には映らないものの、“一を知るより十を知る”の例え通りに、現地を見て初めて“現実”に目覚めるのだ。
人間1人1人には人格が在り、夢が在り、希望が在り…まるできりがない。突き詰めて考えれば、同じ人間は存在しない。誰もが自分だけの世界を持っている。
クローン人間でさえ無ければ…。
この映画の父親は、自分の考え方を子供に押し付け様とする典型的な父親像である。
社会に対しての適応力は在るが、自分よりも下に見下した人間にはプライドを剥き出しにする。
だから自分が「こいつは自分よりも下だ!」と思った人間に、「見下された!」と思った瞬間には暴力的な態度で対抗する。
それはまるで世界的情勢から起きる紛争の理論と何ら変わりは無い位に…。
この作品の家族は父親を中心に廻っている。
この父親が、自分の権力欲を最大限に発揮出来る場所が家庭で在り、その際たる場所が食卓である。
父親が席に座り、ビールを呑む。
「いただきます」
父親が発する一言でやっと食事が始まる。
他の家族はまるで忠実なるペットの様に見える象徴的な場面である。
だからこそ、この作品中にはこの家庭での食事風景が数多く出て来る。
映画が始まって直ぐに、観客にはこの家族がバラバラな状態に見える。それが実感出来るのがこの食事場面なのですが、不思議な事に家族の1人1人がそれぞれ秘密を抱え込み始めると、途端にこの食卓だけは1つの家庭(国家)としてそれなりに機能する。
但し、以前よりはより危険な地雷原が方々に散らばってはいるのだが…。何よりもこの家庭を支えていた妻が疲れ果てており、いつその人格が崩壊してもおかしく無い位だったのだった。
家族の誰もが母親のSOSには誰も気が付か無かった。
全員が嘘をつき、それに疲れていた。
それなのに長男は自分の意志で軍隊に入隊し、次男もやってみたいと思っていたピアノを両親に秘密で習う。
妻もいつの間にか車の免許を習得していた。
長男も、次男も、この家庭のあやふなな状態には納得はしていなかった。
それを、長男は少々歪んだ発想を伴って社会へ。次男は偶発的にではあるが学校教育へと向けつつあった…。
香川照之演じるプライドだけが高い父親も凄いが、何と言っても小泉今日子が演じる母親のキャラクターが圧巻です。
そんな2人に対抗するかの様に、映画にはもう2人の強烈なるキャラクターを用意している。
前半は父親に絡む友人役の津田寛治が、後半は母親の人格崩壊をまともに浴びてしまう役所広司がそれにあたる。
津田寛治は香川照之と対象的な存在として登場する。
それまでプライドが高かったこの父親が、その道の“先輩”である彼の姿を見て参考にしていたのに…。
“その後”この父親はプライドを徐々に捨てるのだが、それでも家庭内ではプライドを保とうとする。
妻は知っていた。
この父親のちっぽけな姿を。
長男に続き次男にも権力欲を剥き出しにして自分の立場を保とうとした時に、妻は初めて反旗を翻す。
そんな彼女が遂に爆発してしまう…。
そのきっかけを作る役柄が役所広司なのだが、もうご愁傷様と言うしか無い。とにかく相手が悪かった(笑)
秘密がバレて尚且つ認めようとしない父親に対して遂にぷっつんキレてしまい、彼女は“国境”を確かめに“ある決断”をしようとする。
この際に彼女の眼の中に映る“或る光”は希望の光なのか?それとも人類が破滅に向かっているのを暗示している光なのだろうか?
「国を守るどこが悪い…」と主張する長男。
「国が何だ!俺は家族を守る!」と主張する父親。
バラバラになりつつある家族とクラスの空気を気にする次男。
全てを知った今でも妻は父親を信じてみようとしていたのに…。
そんな家族に対して、映画はそれぞれに《防波堤》を用意する。
父親にはやはり“あの男”を。
長男には世論を。
次男には似た境遇のクラスメートを。
そして、妻にも“あの男”が。
これは最高のホラーコメディです。絶えずゲラゲラ笑わされながらも、終始恐ろしさに支配されている。
それはところどころでリアル過ぎる程で、ゲラゲラ笑った後には必ず背筋が寒くなる瞬間に支配される。
アンジャッシュの児嶋(上手い)の先生像に
。津田寛治の娘役の女の子の本音に。
でんでんを始めとするハローワークに関係する人達に。
波岡一喜とその女秘書にも。
勿論マスコミを始めとする社会にも。
井川遥演じるピアノ教師の微妙なサイドストーリーと。「稀に見る天才です」と語るその真意にも(苦笑)
もう一つオマケに機能充実なる新車と、小泉今日子の華麗なるドライビングテクニックにもだ(笑)
(2時008年10月11日シネカノン有楽町1丁目)