ブエノスアイレスの夜のレビュー・感想・評価
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声と身体、求めるものが違う二人。例え悲劇だとしてもカルメンが羨ましい。
カルメン(セリシア・ロス)は心の傷を抱え、孤独に生活しています。
1979年アルゼンチンで起こったクーデターの時に、カルメンは夫を殺され、彼女は政治犯として1年近く投獄。激しい拷問を受けたのです。
女性には耐えがたいその拷問で、カルメンは異性を愛することも、触れ合うこともできなくなってしまいました。
また拷問の恐怖が、カルメンの聴覚を異常に鋭くさせてしまいます。
カルメンの父親が危篤との知らせが入り、二十数年振りに故郷ブエノスアイレスに帰って来る。そして家族に内緒で、アパートを借ります。
それはカルメンが、快楽を得る唯一の方法の為です。
雇った男女が行う行為を壁越しに聞き、カルメンは自らを慰めることでしか快楽を得ることができません。
ある日、斡旋業者に電話すると、若い男の美しい声が、カルメンの耳を、心を、刺激します。それがグスタボ(ガエル・ガルシア・ベルナル)でした。
カルメンは、グスタボに伝えます。
「一人で来て」
そして壁越しの、二人の関係が始まるのです。
壁を挟んで背中合わせて座り、グスタボが詩を朗読する。グスタボの声が彼女の柔らかい部分に触れ、そしてその声に惹かれます。グスタボもまた、壁の向こうのカルメンに恋します。声ではなく、彼女自身に。
声と身体。
求める物が違う二人。
年の差が二十もある中年の女と若い男の二人ですが、いつしか壁は消え去る。
カルメンが言います。
「こんな気持ちは初めて。もう一人じゃない。貴方は私の全てを知っている。愛する喜びを取り戻した」
しかしそんな二人を、残酷な過去が捕まえに来る。
実はこれ以上は言いたくありません。
ネタバレしたくないのではなく、単純に言いたくないのです。女友達から秘密を打ち明けらたような気持ちなんです。だから、ちょっと言いたくない(笑)
自分を理解してくれた、たった一人の男性。愛した人は、幻想だったのか。もしかしたら、幻想の方が良かったのかも知れないし。どうだろう?
真実を知った後に、起こった悲劇。
全てが終わった後に、カルメンがグスタボに言います。
「悲しまないで。そんなに悪い結末ではないでしょう?」
カルメンにとって最悪なのは、また一人に戻ることなのかも知れない。
本作は、ガエル・ガルシア・ベルナルの魅力で保っているようなものです。オニキスみたいな瞳を濡らして泣くグスタボは、ガエル以外考えられません。
また、他人との境界線を感じつつ生きる私にとって、壁越しの声に欲情するカルメンに激しく共感しました。私が欲情するのは声ではなく、"文字"だけど。
例えあんな結果が待っていたとしても、凄く苦しんだとしても、壁を取り去った人に出会えたカルメンが羨ましい。
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