午後の五時のレビュー・感想・評価
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メメントモリ
『午後の五時』、メヘラーン・モディーリー監督のコメディー映画…………ではなくて、モフセン・マフマルバーフ監督の娘さん、サミーラー・マフマルバーフ監督が実体験に基づきお父さんと共同で脚本を書かれ、今から20年程前に上映された、アフガニスタンの大統領になることを夢見た女性の物語です。なんでもサミーラー監督は、お父さんのマフマルバーフ監督の『カンダハール』撮影時にはご自身もアフガニスタンまで同行されて、当時のアフガニスタンの人たちと知り合いになり、911の後にも再びアフガニスタンを訪れられ、ブルカの下の本当の女性たちの姿を知りたいと思って、学校等の場所を訪れてアフガニスタンの方々と触れあい、将来は何になりたいのか等の質問をなさった際に、何人もの女子学生たちが理由を挙げながら女性でも将来は大統領になることができると発言したことが本作撮影のきっかけとなったそうです。
ちなみに、冒頭に挙げたメヘラーン監督の『午後の五時』は『sā'at-e panj -e 'asr』との題名で、「sā'at(~時)」がついているのに対して、こちらは『panj-e 'asr』と「sā'at(~時)」がついていない違いがあります(いえ、それ以上に、メヘラーン監督の映画は、銀行ローンの支払期限の午後5時までに様々な出来事が起こるというコメディー映画であり、本作とは全く何の繋がりもありませんが…)。ネットで「panj-e 'asr」でググると、何故かメヘラーン監督の作品(2017年)が上に出てきます(「何故か」という書き方をするとメヘラーン監督に失礼ですね)。
本作は、イスラーム映画祭8で見てきました。イスラム映画祭7ではハナー・マフマルバーフ監督の「仏像は恥辱のあまり崩れ落ちた(būdā az sharm forū rīkht:映画祭では『子供の情景』とのタイトルでの上映。お父さんのモフセン監督が書かれた本の題名『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』の一部分を採用したタイトルなのですが、日本人には受け入れにくかったのでしょうか)」を上映してくれていたので、2年続けてのマフマルバーフ監督縛りの上映でした。
イスラーム映画祭は映画の上映前に作品についての簡単な解説等をしてくれるので、映画を見る上でこれがとても参考になります。本作については、タイトルの『午後の五時』の由来についてのお話しがありました。
『午後の五時』のタイトルは、スペインの詩人で劇作家でもあるフェデリコ・ガルシーア・ロルカが親友である闘牛士のイグナシオ・サンチェス・メヒーアスの死を扱って編んだ詩『Llanto por Ignacio Sánchez Mejías(イグナシオ・サンチェス・メヒーアスへの慟哭)』によるそうです。詩の中では「A las cinco de la tarde(午後の五時に)」との言葉が何度も繰り返されます。ロルカは、フランコ政権独裁の時代の人で、スペイン内戦の際にファランヘ党員によって銃殺されたとのことですが、サミーラー監督は、フランコ政権の独裁とターリバーン政権の独裁との間に何か通じるもがあると感じたということなのでしょうか。
劇中では、詩人の青年が『午後の五時』という詩を主人公の女性の為に読み上げるシーンがあるのですが、恐らくこの『午後の五時』の翻訳は、イランの詩人で劇作家のアハマド・シャームルー(他にも記者や翻訳家、研究者等々多才な方ですが……)が翻訳したものを元にしたのではないかと思われます。ただ、長々と朗読する詩の最後のあたりで、「牛の屍を自らが運ぶ」と詠み上げる部分は(すいません。字幕でどう訳していたのかは覚えていません)、元々の詩では「イグナシオの屍を自らが運ぶ」となっているので、さすがにこの部分は変更したのでしょう。あと、細かなところですが、恐らく、「na gāv-e nar-at bāz mi-shenāsad」の「~ nar-at bāz ~」 の部分を、間違えて「~ nar bāz-at ~」と詠み上げているのですが、それでもokが出て上映されるのは、やはりイラン映画によくある、専業の役者さんではない素人さんを使うことによるものなのかなと思いました。
また、劇中、この詩人の青年がこの『午後の五時』の詩を詠み上げるシーンは、主人公の女性が自信を失っている時に、彼女を元気づける目的でこの詩を送るのですが、上にも書いた通り、『午後の五時』は親友が亡くなったことを題材にした物悲しい詩なので、これを送って勇気づけるということがピンときませんでした。
さて、映画についてですが、本作はターリバーン政権崩壊後のアフガニスタンの首都カーブル(کابلをカブールと書かないでカーブルと書くのが素晴らしい。いまだにカブールという愚かな表記を見る度に残念に思います)を舞台に、二つの世代、二つの性を扱う物語です。主人公のノクラ(英語字幕ではnoghreh。日本語字幕もノクレなのですが、ダリー語話者なのでここはノクラが良いと思います)は、ターリバーンによる抑圧から解放された今、学ぶことや大統領になること等の夢を持つ20歳の若い女性。それに対して、彼女の父親は、女は家の外の世界ではブルカで全身を包み込み、言葉を発することもなく、あたかも個性ある人間としては、そこに存在しないかのように振る舞わないといけないという考えを持った、イスラム原理主義的というかパシュトゥーンワーリ(パシュトゥーン族の掟)に従うことを是とする高齢の男性です。
物語冒頭の『午後の五時』の一節とノクラの父親の「神よ、私の罪を赦し給え」のセリフに続いて、最初に聞こえてくる声が、ノクラが父親の手前、通う振りをして、そこを通り抜けるだけの宗教学校で読まれるクルアーンの『光りの章』の第30節と第31節というのが実に示唆的で興味深いです。以下に井筒俊彦先生によるクルアーンの翻訳の当該部分を引用をします。カッコ内は井筒先生の註です。
第30節
~男の信仰者たちに言っておやり、慎みぶかく目を下げて(女をじろじろ眺めない)、陰部は大事に守って置くよう(不倫な関係に使わぬよう)~
第31節
~うっかり地団駄ふんだりして、隠していた飾りを気づかれたりしないよう(これは踝飾りを指す。そのかちゃかちゃいう音は、体の一部を見せるよりもっと男の性欲をさそうものだ、と古註は書いている)~
このクルアーンの章句が、その後のシーンで、ノクラがブルカを脱いで顔が外から見えるようにするシーンや、ぺたんこの民族的な靴からヒールのある靴に履き替えてコツコツと足音を鳴らしながら歩くシーンへの良い前振りになっています。
このような設定を見るだけで、私たち日本人は、迷信に凝り固まった頑迷な世代がコテンパンにやっつけられることを期待してしまいますが、サミーラー監督はこの父親を裁くことはありません。昭和の親父を濃縮還元したような頑固親父ですが、家族を思い悩む姿も見せます。こんな人でも良いところはあるのだということなのでしょう。サミーラー監督は「りんご」でもそうですが、誰かを裁くということをなさらない監督のようです。ですから、本作ではハリウッド映画のように正義のヒーローがやってきて悪党をやっつければお終いというものではありません。劇中、何人かの方々があっさりと命を落としたり、死が告げられますが、登場人物たちはそれを受け入れ、前に進んでいくのみで、それ以上の出来事は起こりません。辛くても生きていくしかないと。
また、登場人物の死の中でも印象的なもののひとつに、ノクラと学級委員の座を争う12歳の少女ミーナーの死がありますが、彼女は市場内での爆弾テロで命を失います。そういえば、劇中でノクラが憧れの人物として、演説の内容を知りたいと言っていたパキスタンのベーナズィール・ブット元首相も選挙運動中に暗殺されています。この少女は家族をターリバーンによって失っているにも関わらず、大統領になったときにはターリバーンを赦し、ターリバーンが生まれてこない国を作りたいと言っていました。このような少女も殺害されるというテロや戦争の恐ろしさが良く伝わってきます。
この映画がカンヌで賞を受賞してからもう20年になりますが、その間にはターリバーンが再びアフガニスタンを支配するようになり、せっかく始まった女子教育がまたも停止されるという事態になりました。アフガニスタンという国が今後どうなるのかとても気になります。この映画がきっかけで、アフガニスタン問題や女性問題について考える人が一人でも多く出てくることを願います。
ところで、字幕では表現されていませんでしたが、主人公の女性の名前に関する面白いセリフがあったので、それを書いておきます。
noghrehとう名前(あるいは単語と言ったほうがいいでしょうか)には『銀』という意味があるのですが、彼女と詩人の青年との会話の中で、彼女が彼に選挙対策本部の責任者か何かの役職を提案した後のセリフに、「君が大統領になったときには、noghreh(銀)がtalā(金)になるということだけど、僕はそのままの役職なのかい」というセリフがあるのですが、限られた文字数の字幕で言葉遊びを表現するのが難しいからか、字幕では「君が大統領になっても、僕はそのままの役職かい」程度のセリフになっていたのは少し残念でした。
私たちの日常ではあまり接触のないイスラム教やアフガニスタンについて考えるきっかけになる、20年経っても色あせない良い作品でした。
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