「戦争を背景にすれ違っていく男女を描いた映画」リリー・マルレーン tricoさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争を背景にすれ違っていく男女を描いた映画
第2次世界大戦中、ナチスドイツの兵士たちに愛された歌「リリー・マルレーン」を歌ったビリーと、彼女が愛した反ナチス組織のユダヤ人ロベルトの話。
ナチスドイツが優秀な人種と認めるアーリア人のビリーと、迫害される側のユダヤ人のロバートの恋物語なので、その大戦中の恋は障害が多く、というよりもほとんど会うことも叶わないです。
その為、お互いに結構な無茶をして逢引きをしますが、その度にナチスに監視されて立場が危うくなります。
ナチスのしつこい追及、精神を攻撃する尋問、迫害人種への容赦ない差別と攻撃、命令を従わない物への死地への出征命令、そして「リリー・マルレーン」が流れる度に気持ちを奮い立たせて死地に飛び込む兵士等。
ドイツのこの時代を描く以上はナチスの凶暴性は避けて通れないのでしょうが、流石に毒々しいです。
そんなナチスの中に入って歌姫として祭り上げられていくビリーの危うさ。
ユダヤ人との繋がりを疑われてからの彼女の転落ぶりは、いつ殺されるのか判らない恐怖心を観る者に与えるサスペンスな展開でした。
ロベルトに至ってはもっと酷いですね。
ナチスに捕まった時点でビリーとの繋がりまでほぼばれており、ひたすらビリーがユダヤ人との繋がりを自供するように尋問される。
尋問というより狭い個室の中で一面のビリーのポスターと延々と流れる「リリー・マルレーン」の歪んだ一小節。
次第に精神に支障を来すロベルトの苦痛ぶりが結構なホラーでした。
そして、ナチスによる策略で意図せず同室で接見するビリーとロベルト。
お互いに夢にまで見た再開のはずなのに、というよりも失敗したらお互いが破滅することを理解した中での再開で、咄嗟に他人の振りをしてやり過ごそうとする二人の緊迫感。
なかなかこれは圧倒されるシーンでした。
それでも内通がばれ、凋落していくビリーと、逆に裏取引で解放されるロベルト。
ロベルトの策略によりビリーは殺害を免れるものの、戦争の終結後も二人が結婚することはないです。
ロベルトは解放後、ナチスも終焉を迎え、家族の繋がりから結婚し音楽家として大成しますが、自由になったビリーと再会を果たすも、その恋は実らず切ないラストを迎えます。
戦争を背景にすれ違っていく男女を描いた映画は多くありますが、この映画も多くの名作と同様にやるせなさを感じるラストでした。
監督はライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、ニュー・ジャーマン・シネマの代表監督の一人で、残念ながら37歳の若さで亡くなってしまった方です。
僕はこの映画しか見ていませんが、べったりと絵の具を塗ったような個性的な映像、平面的に感じる固定された構図、調和の取れた舞台装置の美しさに加え、サディスティックな尋問やナチスらしい戦争鼓舞に感じられる狂気。
天才と言われる監督だけあって、ストーリー以外にも興味深さを感じる映画でした。
これで小難しいと今後は身構えるのですが、映画としては戦火の中での許されない恋を描くというメロドラマ的な展開なので、すんなりとストーリーも理解できます。
他の映画を観れていないのは残念なんですが、個人的には好きな監督になりそうな気がします。
ファスビンダーは作中にも役者として登場します。
反ナチス組織の指導者として、全くカリスマ性を感じない指導者ぶり。
この登場人物が出てきた時点で、なんだその似合わないサングラス?と思いながら、違和感を感じて観ていたら、鑑賞後にファスビンダーと知り、ちょっと笑いました。