ふたりの女(1960)のレビュー・感想・評価
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母娘が遭遇する余りにも残酷な悲劇を戦争の記録としたデ・シーカ作品に、ソフィア・ローレンの名演
14歳の中学3年生の時に淀川長治さんの日曜洋画劇場で見学して強烈な印象を残したイタリア映画です。この映画で女優ソフィア・ローレン(1934年生まれ)を初めて知り、演技の表現力について考えるようになりました。内容が戦時下の女性が受ける残酷で非人道的な迫害を扱った衝撃的なものだったからか、長い間再見の機会を失ったままでした。今回偶然にもVODで見つけて53年振りに漸く見直すことが出来ました。この第二次世界大戦におけるイタリアについての知識は、枢軸国の言葉も分からず日独伊の三国同盟を知っていたくらいで、最初にイタリアが敗戦して脱落してしまったことへの疑問でした。ただ終戦の13年後に生まれた私には、特別第二次世界大戦への関心は薄く、1972年を振り返ると横井正一さんの28年振りの帰還やあさま山荘事件、それと沖縄の本土復帰を傍観し、札幌オリンピックや日中国交正常化のパンダブームに興味をそそられる程度の呑気な中学生でした。それでもイタリア人の母娘の物語を最初は漠然と鑑賞しながら、内戦によって女性と子供が被害者になる恐ろしさを初めて認識し、記憶に深く刻まれた驚嘆の映画になったのです。
ネオレアリズモで頭角を現したヴィットリオ・デ・シーカ監督の「靴みがき」「自転車泥棒」「ウンベルトD」が戦後社会の貧困を扱っていたのに対して、この作品は戦中のイタリア庶民の食糧難と戦況悪化からくる混乱を描いています。勉強を兼ねて調べた時代背景は、ドイツや日本と比較しても複雑です。それは敗戦から終戦までが長く、イタリア本土で内乱と侵略が絡み合い、先が全く見通せない暗黒時代でした。ファシスト党のムッソリーニが1943年7月に失脚し、9月に新政権が連合国に無条件降伏をするも、ドイツ軍がイタリアを占領します。救出されたムッソリーニが傀儡政権を立ち上げ、西側連合国軍がそのドイツとムッソリーニの軍と再び戦闘を続けて、約1年半後の1945年4月28日にムッソリーニがパルチザンに処刑されて、同年5月2日にドイツ占領軍が降伏して実質の終戦を迎えます。ヒトラーが4月30日に自殺してドイツが5月7日に西側連合国に無条件降伏したのとほぼ連動したものでした。結論から言えば、イタリアはドイツ軍の支配下で敗戦後も戦い続け、パルチザンのゲリラ活動で戦争を終わらせることになりました。パルチザンについては中学生のほぼ同時期に観た「ブーベの恋人」で知識を得るも、流石に映画だけで時代背景を理解するまでにはいきません。
この複雑さで分かり難いも、劇中ではムッソリーニがパルチザンに捕らえられた情報を得るところや、アメリカ軍がローマから南東60キロのチョチャリア地方(原題のLa Ciociara)を進軍するシーンから終戦時の物語と想像できます。イタリア軍、ドイツ軍、アメリカ軍に、イギリス軍のスパイや北アフリカ植民地のモロッコ兵も入り乱れて、山間部の田舎のイタリア庶民の戸惑いや動揺は、計り知れないものがあります。
見直して、やはりチェジーラを演じた当時26歳のソフィア・ローレンの表現力の素晴らしさに感嘆しました。12歳の娘ロゼッタを持つ母親役は、少なくとも30歳前後の年齢設定と思われますが、女優としての風格と演技力で中年婦人の貫禄も感じられます。問題シーンでの最悪を察した母親の恐怖心の表情から、絶望に堕とされた母親の痛みや苦しみ、そして怒りの矛先をジープに乗ったアメリカ兵にぶつけるところなど、迫真の演技で表現されています。そして、全体を通しての演技も安定感と存在感があり、この作品でカンヌ国際映画祭女優賞やアカデミー賞主演女優賞始め、多くの演技賞を受賞したのは当然の結果でした。この母娘から好かれるミシェルを演じたジャン=ポール・ベルモンドは、ローレンより一つ年上ですが、「勝手にしやがれ」(1960年)のミシェルとは真逆の好青年役で彼の個性をあまり感じません。チェジーラより年下の真面目で敬虔なパルチザン設定を意識した落ち着いた演技でした。冒頭のローマでチェジーラを誘惑するラフ・ヴァローネは、「にがい米」(1949年)「嘆きのテレーズ」(1953年)のイタリア映画を代表する名優です。ラスト、親子をトラックに乗せて宿まで提供する青年が、「若者のすべて」(1960年)の個性派俳優レナート・サルヴァトーリでノンクレジットでした。娘ロゼッタのエレオノーラ・ブラウンは役と同じ12歳での出演で難しい役を演じています。特に茫然自失から性格や価値観が変化してしまう少女のデリケートな面を巧みに表現しています。これはデ・シーカ監督の演出の成果でもあるでしょう。
父親のいない母娘が戦況悪化したローマから故郷に疎開し、内戦の戦禍を潜り抜けながら再びローマに帰ろうとするロードムービーに、弱い立場の女性と子供が戦争の犠牲になることを告発し特徴付けた反戦映画。ここには、戦争の過酷な状況で分かる男の価値と犯罪も描かれています。戦う男たちの中でも若い善人が先に犠牲者になることが、更に女性たちを苦しめる。原作は、「軽蔑」(1963年)「暗殺の森」(1970年)のアルベルト・モラヴィア(1907年から1990年)です。ムッソリーニ政権から実際に弾圧を受けたモラヴィアの体験から創作された物語でした。デ・シーカ監督の演出で印象的なのは、廃墟と化した教会の屋根に穴があいていて、そこから横たわるロゼッタの全身に光があたるカットと、ミシェルを失って母娘が身体を寄せ合い嘆き悲しむカットが絵画として記録されるようなラストシーンのズームアウトです。残酷な戦争の罪を忘れてはいけない、を却って印象付けます。
戦時下の悲劇
第二次世界大戦中のイタリアが舞台。
ローマで食料品屋を営むチェジラ(ソフィア・ローレン)。大空襲で娘ロゼッタ(エレオノーラ・ブラウン)と共に田舎へ疎開。そこで、一人の青年ミケーレ(ジャン=ポール・ベルモンド)に出会い、何かと二人はミケーレに気を配ってもらっていた。ロゼッタはミケーレに想いを寄せるようになる。戦争も終わろうとする頃、ミケーレはドイツ兵の案内人として拉致されてしまう。チェジラとロゼッタはローマへ帰ろうとするが、モロッコ兵たちにより性暴力に遭い・・・。
1960年製作なので、戦後それほど経ってない時に作られた反戦映画なのでインパクトあります。主演のソフィア・ローレンが美しくも逞しい母親を堂々と演じています。娘のロゼッタは母親とは全くタイプの違うあどけない少女でミケーレを慕い、ミケーレもロゼッタを可愛がるのですが、ミケーレは母のチェジラを愛していると告白します。インテリ青年ミケーレ演じるジャン=ポール・ベルモンドがソフィア・ローレンに覆い被さるところ(空襲の時)が印象的。ひょろっとした青年と熟女のキスシーン、何だかドキドキしてしまいました。ジャン=ポール・ベルモンドはアクの強い女性を引き立てる役どころですが、『雨のしのび逢い』でも、ジャンヌ・モローに想いを寄せる地味な労働者を演じていました。それにしても、ジャン=ポール・ベルモンドはイタリア語も堪能なんですね。
後半は一気に深刻さが増し、モロッコ兵たちに囲まれたあたりから悲惨な結末へと展開します。ミケーレがドイツ兵に撃たれて死んでしまったことを知らされたチェジラ。母からそれを聞いたロゼッタは一気に泣き出します。母娘は過酷な運命を迎えてしまいます。
観ていて辛い映画でしたが、観てよかったです。
ソフィア・ローレンの存在感すごいです。カンヌで最優秀女優演技賞獲得は当然でしょう。ロゼッタを演じた少女も乙女から大人の女性へと変貌していくところを上手く演じてました。そして、理想主義者の青年ジャン=ポール・ベルモンドもよかった!
ソフィアローレンの魅力全開
そして かわいそうな映画だった
あの戦争の時 こういう目にあった人が世界中に 星の数ほどいただろうな。そして それは人類の歴史だ。 神よ このドアホな生き物を救いたまえ・・ って言いたくなるね
イタリア人というのはあの当時 あんなにみすばらしい住居に住んでいたなんて知らなかったな。つららができるような寒いところで 隙間風 吹いちゃってあんな薄い服に薄い毛布で眠れるのか?!なんて頑丈な人々なんだと思った
原題直訳は「チョチャーラの女」
古い映画であるが AI 修復によって見事に美しく見えた
タイトルなし(ネタバレ)
我が亡父が好きだった映画。僕は初見だと思う。
連合軍の愚行が宗教と人種の偏見を生むので、大変に遺憾なストーリーになっている。このイメージを大日本帝国の当局は日本国民に受け付けた。従って、とんでもないお話になるわけだが、テーマは別な所にあると思う事にした。
つまり、『母親と娘の関係』と題名通り『二人の女』の関係で見てみた。その対比が演技も演出も素晴らしいと思う。言うまでもないが、自分の傷よりも男の死を悲しむ娘。その姿を見て母は一人の女として娘を見るのである。でも、溺愛する態度は同じ。だがしかし、それまでの子供をアヤス様な体裁は欠片も無い。二人の女性の愛に代わっている。
こうやって強く生きるべきなのだ。母娘終末旅行だが生きる事を選ぶ。
『映画の前半の空爆』と『後半の空爆』が全く違う事に気づくべきだ。その中を平然と逃げ、その途中で平和が訪れたはずの教会で、人生最大の災難が降りかかる。しかし、それすら、乗り越えて生きて行く。
教会での愚公は、異教徒でなければおかせない罪として、僕はこの作品を傑作としたい。
戦争の悲劇ではない。敵に傷つけられたわけではないのだから『火垂るの墓』等と同じ類の映画である。
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