「悪ガキ特有の無敵感と、その裏に隠れたもの。」トラベラー すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
悪ガキ特有の無敵感と、その裏に隠れたもの。
◯作品全体
割と臆病だった私としては、小学校にいた悪ガキの思考が全く理解できなかった。
怒られると分かっていながら暴れ、痛い思いをすると知りながら危険に飛び込んでいく。運良く怒られず、怪我をしなければ誇った顔で戻ってきて、もし悪い結果になっても数十分後にはケロッとして走り回っている。
まわりの注意や心配をないがしろにして自分の欲望のまま生きる。本作はそういう悪ガキの思考へ静かにカメラを向ける作品だ。
序盤では悪ガキの生態系を情緒あるカメラワークで見せる。
勉強しないとダメになるぞと母に怒られても気にせず、無限大な体力で遊びに出掛けていく。自分の意にそぐわないものは、目の前で会話をしていても心をそちらへ向けない。先生に遅刻を咎められ、雑誌を取り上げられても言い訳と素知らぬ態度でシャットアウトする。
大人を手玉にとるような態度はまさしく悪ガキの典型だが、少し人物と距離を空けたカメラワークは、その素行をエンタメとして消化するのではなく、生活の中にある行動であることを印象付ける。
悪ガキ主人公・ハッサンの世界ではサッカーがその中心だ。それ以外のハッサンの興味は全く存在せず、なにもない家と何もない街並みの中をハッサンが駆け回る。サッカーを観戦することへの執着は、シンプルな画面の中で特異なものであり、それがハッサンを悪ガキたらしめるものであることに説得力を生む。
「なぜそんなにも大人を困らせるのか」。これが明確だからこそ、悪ガキの思考回路が理解できる。思考が理解できると、その行動は「無敵感」だけでないことがわかり、物語に奥行きが生まれる。
執着が生む歪んだアイデアでお金を集めテヘランへ向かうハッサン。その道程の、見慣れぬ世界への高揚感が印象的だ。しかし一方で「無敵感」だけではどうにもならない厳しさも浴びせられることになる。
なんとか試合のチケットを手に入れたハッサンが昼寝で見る夢は、自分の居場所への恋しさと、まわりの人たちをないがしろにしてきた恐怖だ。子どもの行動は「無垢」の一言で片付けられてしまうこともあるが、その裏にはきちんと人としての考えがある。
もぬけの殻となったサッカー場を虚しく走るハッサン。悪ガキとしての「無敵感」の終焉を抒情的に切り取った素晴らしいラストカットだった。
◯カメラワークとか
・手前、奥を意識したカットが多い。ハッサンが街を走るシーンや、ラストで目覚めてからスタジアムへ向かうカット。シンプルな画面を駆けていくハッサンが印象に残る。
・キアロスタミ監督は無言で考える姿を切り取るのが上手い。そのカット自体にあまり意味はないし、大きい決断をするシーンではないとしても挿入されてる。雑誌を買うハッサンのカットやお金集めをしようと提案される友達のカット。そこに人間を映す気概を感じた。
・チケット購入列に並んだときの焦燥感。それを煽るカメラワークが素晴らしかった。
◯その他
・ハッサンの行動理由はわかるし、時折その熱意が輝いて見えたりはするんだけど、ほぼほぼ「どうしようもないな」っていう行動だから、あまり寄り添いたくはない人物なんだよな。そこがこの作品の魅力であることは間違いないんだけど、その人物を好きになれないのはツライ。
・先生から罰を受けたハッサンがケロッとした表情で教室に返ってくるところが良い。悪ガキ特有の見栄はりと、まったく響いてない感じ。