「何を教育するのか」タップス とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
何を教育するのか
大切なものを守りたかっただけなのに、なんでこうなってしまうのだろう。
教えられたものがすべてだった。
だから、教えられたことを披露すれば、皆わかってくれるはずだった。
親だって、この学校を愛し、そこでの学びを確実に習得している自分たちを誇りに思っているはず。
心酔する校長の意思を決行しているはずだった。
なのに、なぜ…。
戦略にはたけていたものの、大人の世界の、現実の複雑さ・猥雑さは学んでおらず、その中で生き抜く知恵には無知だった。
井の中の蛙。純粋すぎるその思い。その行く末…。
とても重い。
観終わった後しばらく声も出なかった。数日、否、今でさえ、思い出すと胸が締め付けられる。忘れてしまいたいような でもずう〜っと残る作品です。
(『硫黄島2部作』を観たときより衝撃が激しかった。)
若き才能がキラキラしています。
ハットン氏、ペン氏、トム様だけでなく、他の青年もキラキラ。特にチャーリー役とその相棒がいい味出しています(だからこそ、終盤のエピソードが、筋を知っていてもズシンと来る)。
ブライアンが主人公で、そのシャドーというか良心役としてのアレックスが配置されて、それに周りの青少年が絡んで物語が進んでいくのだけれど。
DVD発売の頃にはトム様前面に出した方が”売れる”と踏んだ発売会社がトム様を前に押し出したDVDのパッケージを作ったと何かで読みました。まあ、販売戦略というのもあるのでしょうが、実際本編を見るとディヴィット・ショーン(トム様)の出番は少ないけれど胡椒は小粒で存在感ありみたいな目が離せない印象に残る役です。いろいろなレビューでは、ショーンはただのクレージーみたいな評が多いけど、自分に与えられた役目を何が何でもどんな手段使っても遂行しようとする人なんだと思います。ただ銃を撃ちたいのだったらもっと他の所で暴発しているのではないでしょうか。例えばチャーリーの報復とか。でも隊長の命令ないからやらない。根っからの軍人だから。彼は”降伏”という負けを受け入れられなかっただけ、そしてそれを他の人にも強要したのだと思います。最後にキレたのはほとんど自暴自棄にみえます。ある本によるとはじめ他の方がこの役だったけど、監督がトム様に割り当てたとか。その役者に遠慮してトム様固辞していたけど、だったら他の奴にやらせると言われて、引き受けたとか。う〜ん、あのはじけっぷりがなかったら、この映画胡椒が効いていないものになっていた。さすが監督。
ベテラン陣も渋み出しています。
ブライアンのお父さんは反抗したくなるような嫌味を醸し出し、カービー大佐はつい降伏してしまおうかという気持ちにさせる軍人。ベイシュ校長を演じたスコット氏は『博士の異常な愛情』や『ハスラー』にも出てた人。少年達が”師”として、”父”として、自分の命をかけて慕いたくなるもの納得の演技を見せてくれます。
だからブライアンの心の揺れにも同調できました。自分の命令ですべてが動いてしまうリーダーは辛いやね。
そんな、一人ひとりの心の揺れを、特にブライアンとアレックスを中心に、丁寧に描いていきます。
でも、なんでこんなことになってしまうのだろう。
「学校を守りたい」=自分のルーツ・アイデンティティを守りたい。とても重要なこと。入学以来、首席を守り通して、やっと全校の生徒指揮官として君臨するブライアンにとっては自分が築き上げてきた城だし。最少年のチャーリーにとっては両親よりも大切な憧れの上級生・仲間との場だった。
大人だって、自分の権利を守るために、立てこもりストをやる。
だから、少年もと言いたいが、普通と違っていたのは、この少年たちは武器を持ち、それを扱える技術を持っていた…。
簡単に要求は通ると思っていた。両親・親族の勧めで、この素晴らしき学校に入学し、素晴らしい教育を受けてきたのだから。その両親と教員の教えを貫き、実践しているだけ。そんな自分たちを誇らしく思い、意見を聞いてくれるだろうと。それが彼らの世界のすべてであった。
士官候補生として自分達の力への過信もあったろう。大人を甘く見ていたのも事実だ。他にもいろいろとれる方法はあったはず。先輩方への根回しとか、この学校に入学させた両親・親族に泣きつくとか。でも、学んだ軍隊の技術・武力さえ使えば大丈夫としか考えなかった。
「大人への反抗」という見方もあるが、彼らは大人が彼らに教育したことを実践しただけ。
裏切ったのは大人。彼らに教えてきたことを無かったことにしようとした。
カービー大佐の命令に従わないのは軍人としていかがなものか、という疑念はある。私は軍規は全くわからないけれど、少年たちにとっての上官は校長だけだったのではないかと思う。校長が回復して「降伏」と言えば、従ったのではないか。大佐は、階級的には上だけれど、少年たちにとっては、大佐こそ軍規を乱させようとする、メフィストフェイレスだったのではないか。
そして、大人だってすぐに武力を出してきた。
ストーリーに「説得」とあるけど、家族の愛を使った泣き落としと、青臭さへの非難と兵糧作戦・武器を使った脅し、もっと世渡り上手になれ、「子どもじみたことやってないで、降伏しろ」と繰り返すだけ。
ブライアン達の要求「自分達も話し合いの話につかせろetc」はまったく無視。ネゴシエーションどころか、ディベートにさえなっていない。
…ベイシュ校長以外の教員はどうしてたんでしょうかね。
『タップス』の生徒達は「学校を守りたい」と思うほど、学校に適応していた。教育理論を生徒に浸透させたという意味では素晴らしい教育をしていたはずなのに。
本当に学ぶべきことって何なのだろう。テストや振る舞いに満点とらせることより、まず課題解決法を学ぼうよ、と思いました。
暴力・武力で解決しようとする犯罪が増えてきたことと合わせると、皆で観て一緒に考えたい。
もっと注目されてよい作品だと思います。