「ドロドロの潜在意識をペンに託す者」クラム regencyさんの映画レビュー(感想・評価)
ドロドロの潜在意識をペンに託す者
アングラ漫画家ロバート・クラムに密着したドキュメンタリーだが、正直彼の事は全くと言っていいほど知らない。映画化されたキャラクターのフリッツ・ザ・キャットも名前ぐらいしか把握しておらず、このドキュメンタリーも94年製作で、今回の日本公開がリバイバルという事も初めて知ったぐらい。
そんなわけで色々無知状態で観たけど、どんなジャンルでも表現者というのは、どこか突出した素養を持っているという事を改めて知らされた思い。
ジャンルがアングラという事で、日本でいう「ガロ」テイストな漫画を発表してきたクラムの素養は、世俗に対する憎悪と女性への恐怖、そしてその女性への征服欲と性的嗜好だ。見た目は物静かそうな紳士でも、「自分をさらけ出すために漫画を描いている」と公言するように、内面にあるドロドロの潜在意識がペンを走らせる。でもそれって多くの漫画家に共通している事ではなかろうか。
ロバートの潜在意識は人間なら誰しも持っているもの。それを堂々とさらけ出す彼を支持する者もいれば、彼によって暴かれたと錯覚した者は忌み嫌う。カメラはそんな彼を生んだ家族にも向けられるが、兄チャールズや弟マクソンもぶっ飛んでいる。語弊を生みそうだが、殺人をしない『悪魔のいけにえ』のソーヤー一家のようだ。
終盤、ロバートが商業主義にまみれたアメリカに唾をかけるようにフランスに移住すると並行して、ある衝撃的な顛末が明かされる。これはロバートのみならず、クラム一家の物語でもあった。
手塚治虫が『鉄腕アトム』を一時期「最大の愚作」と断罪したように、ロバートも、自身の知名度を上げてくれた功労者フリッツ・ザ・キャットを自らの手で葬ってしまった。製作としてクレジットされたデヴィッド・リンチも含め、表現者とはかくも面倒くさく、かくも自分に正直な人種なのだ。