「イーストウッドの知られざるスパイアクション」アイガー・サンクション かせさんさんの映画レビュー(感想・評価)
イーストウッドの知られざるスパイアクション
アメリカの国民的作家トレヴェニアンの同名小説を、クリント・イーストウッドが主演映画化。
【ストーリー】
美術教授のジョナサン・ヘムロック(クリント・イーストウッド)は、引退した元諜報エージェント。
かつて所属していた諜報機関CIIの上官ドラゴンから、凄腕だったヘムロックに敵対諜報員暗殺の依頼が訪れる。
「引き受けないと、君が闇ルートで購入した美術コレクションの存在を、税務署に通報する」
2万ドルの報酬と美術品の保証書を提示されて、渋々仕事を片付けたヘムロックだが、帰国の途上に現れた美女ジェマイマと甘い夜を過ごした翌日、彼女に報酬を奪われてしまう。
ハニートラップを仕掛けられたと気付き、ヘムロックはCII本部に乗り込むが、ドラゴンは報酬の上乗せを約束した上で、次の標的が自分の命の恩人を殺した犯人と伝える。
長年の友人ベン・ボウマン(ジョージ・ケネディ)のもとで登山のトレーニングを積み、いまだ詳細のわからない標的が参加するという国際登山隊に紛れ込んで犯人の特徴である「足の悪い男」の暗殺を計画する。
そこに、戦時中に自分を裏切ったマイルズ・メローが現れた。
「犯人を教えてやるかわりに、この私の命を助けてくれ」
——敵味方の思惑が錯綜する国際情勢を背景に、実行の困難なこの暗殺作戦を、果たしてヘムロックは成功させることができるのか。
トレヴェニアンの名は、冒険小説好きなら一度は聞いたことがあるはず。
寡作ですが作風は多彩で、女性にモテモテで知的なクール主人公が、冷徹にサンクション(制裁)をくだす物語を、いくつか上梓しています。
描写は的確にして情緒に溢れ、翻訳を通じてでもその表現力には圧倒されます。
アイガー・サンクションはトレヴェニアンのデビュー長編にしてベストセラー。
『アイガー北壁』でも描かれた、実際のアイガー北壁遭難事故をモデルにした、壮絶な制裁の物語です。
ボブ・ラングレーの『北壁の死闘』でも同じ事件が描かれていますが、こちらは日本でマンガ化されていて、たった2巻ながら第二次大戦を舞台にした力作の冒険物なので、中古でも見かけた方は是非ぜひお手に取って読んでほしいです。
日本の山岳小説の第一人者、新田次郎も日本人の遭難事故を『アイガー北壁』で書いてます。
撮影エピソードですが、ルート攻略されたとはいえアルプス山脈の北壁は今なお危険で、その中でもアイガーといえば死の壁と呼ばれた高難度の登山事故多発地帯。
実際にアイガーで撮られたこの映画でも、技術指導のスタントマンが撮影中に転落死するというアクシデントがありました。
その影響かどうかは分かりかねますが、肝心の登山シーン、画面の緊張感はあるもののテンポはゆるく、パンチに欠けた作品になってしまいました。
この映画にもシナリオで参加したトレヴェニアンですが、主人公ヘムロックを気に入ったのかそれとも編集者に勧められたのか、彼の長編では唯一続編が出ています。
タイトルは『ルー・サンクション』。
登山を離れたヘムロックが、またも国際的な謀略に巻き込まれます。
こちらの逸話としては、ヘムロックが何の気なしに口にした会話での手口で、実際に美術品が盗難されたそうです。
作者の知的能力の高さがうかがえるエピソードですが、それ以降悪用を疎んで、犯罪の手口を詳しく記述する事を控えてしまったとか。
個人的におすすめしているのは、日本の戦中戦後を見てきたかのように的確に描写した傑作『シブミ』。
囲碁に精通し、チート能力「近接感覚」を持つニコライ・ヘルが主人公で、こちらはクライミングではなく、洞窟を探検するケイビングを使ってサンクションするお話。
諜報組織CIIのネーミングの由来は、確かこちらで出ていたような……(うろ覚え)。