「抒情性とヒューマニズムが遺憾なく発揮された名編」路傍の石(1964) papatyanさんの映画レビュー(感想・評価)
抒情性とヒューマニズムが遺憾なく発揮された名編
戦前、戦後で4回映画化された山本有三の「路傍の石」の最新作、といっても58年も前に池田秀一が吾一少年を演じた昭和39年公開の家城巳代治脚本・監督作品です。
勉強好きな愛川吾一少年(池田秀一)の中学進学の夢叶わず、呉服問屋・伊勢屋での厳しい奉公生活が続きますが、小学校の同級生で奉公先・伊勢屋の娘・おきぬ(萩原宣子=現・水原麻記)、京造(住田知仁=現・風間杜夫)、作次(吉田守)との触れ合い、担任・次野先生(中村賀津雄)の言葉を励みに頑張る吾一でした。ある日、親友のお葬式に行くことを許さない伊勢屋の大番頭忠助(織田政雄)に不満が爆発し、伊勢屋を飛び出します。次野先生を頼って東京へ行くことを決意する吾一。母(淡島千景)は「東京へお行き。自分の力でやってごらん」と強く吾一の背中を押します。不安と嬉しい気持ちが交錯する中、吾一は母と京造に見送られて、一人汽車に乗ります。
原作とは違い、初恋の相手、伊勢屋の娘・おきぬは吾一に優しく、母も病死せず、鉄橋にしがみつく場面もなく、吾一が東京行きの汽車に乗る原作の中盤までを描いています。社会派監督の名匠“家城巳代治”は、母と子の愛情を丁寧に描いて、抒情性とヒューマニズムが遺憾なく発揮された涙を誘う名編。何度も観ました。私の好きな作品です。
「路傍の石」の吾一役は池田秀一。昭和13年版「路傍の石」の片山明彦の名演(田坂具隆監督)が語り継がれていますが、当時、天才子役と言われた池田秀一も名演です。滑舌も良く、セリフが明瞭に聞き取れて爽やかでした。池田は下村湖人原作のNHKのテレビドラマ「次郎物語」(昭和39年)の主役も務めており、当時、リアルタイムで観ました。現在は「機動戦士ガンダム」など、声優界の重鎮として活躍されています。
吾一が自分の夢を話す初恋の相手、呉服問屋・伊勢屋の娘・おきぬ(萩原宣子=現・水原麻記)は子役時代の水原麻記、好演です。中村梅之助主演の連続テレビ時代劇「遠山の金さん捕物帳」で、金さんを慕うお光役が楽しかった。数学、国語は得意な吾一でも英語は解らず、吾一はおきぬから英語を習います。おきぬは東京に行く吾一との別れに、英和辞典を贈り、別れを惜しみます。
子役時代の風間杜夫(=住田知仁)も、吾一の親友・京造役で出演しています。
大番頭忠助役は名優・織田政雄。奉公人をネチネチといじめる演技が秀逸です。織田は昭和35年版の太田博之主演「路傍の石」(久松静児監督)にも伊勢屋の主人役で出演しています。
路傍(道ばたの意)の石にも似て、力強く、誇りをもって生きる少年の姿が心に沁みる物語。文部省特選、多くの他団体からも推薦を受けました。
お薦めの名編です。
<「路傍の石」映画化の軌跡>
昭和13年公開 日活 吾一役:片山明彦 監督:田坂具隆
昭和30年公開 松竹 吾一役:坂東亀三郎 監督:原研吉
昭和35年公開 東宝 吾一役:太田博之 監督:久松静児
昭和39年公開 東映 吾一役:池田秀一 監督:家城巳代治
「路傍の石」は未完の小説です。山本有三(原作)は昭和15年「路傍の石」掲載誌に「日一日と統制の強化されつつある今日の時代では、それをそのまま書こうとすると、これからの部分においては、不幸な事態をひき起こしやすいのです」と発表し、当時の時代背景の影響(検閲など)から「路傍の石」の断筆を決意、小説「路傍の石」は未完に終わっています。
映画鑑賞と共に、原作も読んでいただきたい。読みやすい文章で、国語の教科書(昭和の時代)にも載っていました。地元、印西市(千葉県)の図書館に蔵書が2冊(単行本と文庫本)あります。