劇場公開日 2025年8月1日

「主人公の精神状態に一層近づく高精細化」野火(1959) 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 主人公の精神状態に一層近づく高精細化

2025年8月17日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

1959年公開の名作を、最新の映像技術でレストア、4K化してリバイバル上映。良い企画だ。見通しがよくなり人物の表情に肉薄する映像で、船越英二演じる主人公・田村一等兵の精神状態がリアルに伝わってくる。映像の迫力によって否応なく田村に同化させられる、と言ってもいい。

1945年2月、日本は敗色濃厚。フィリピン・レイテ島で日本兵たちは飢えに苦しみながら、撤退のためジャングルを移動する。山間のぬかるんだ道を力なくふらふらと進む兵士たち。そこに機上から機銃掃射、全員一様に地面に身を伏せるが、数人かに銃弾が命中し、そのまま起き上がらない。敵機が去ると、被弾しなかった兵たちは何事もなかったかのように立ち上がってまた歩き始める。たった今撃たれて絶命した仲間には目もくれずに。極限状態の心理を表す印象的なシーンだ。

そして終盤、いよいよ「人肉食」のテーマが前面に出てくる。田村が“肉”を口にしたときの顛末は、市川崑監督によれば観客に配慮し大岡昇平の原作小説から変更したという。極限の飢餓状態で人肉を食べるか否か、という心理をリアルに描いた映画としては、アンデス山中で乗員乗客45人を乗せたチャーター機が墜落・遭難し、厳寒の山中で70日以上を耐え抜き16人が生還した実話に基づくイーサン・ホーク主演作「生きてこそ」の衝撃がいまだに忘れられない。「野火」も「生きてこそ」も、普通の暮らしを送っていては決して知り得ない極限の飢餓と人間心理を疑似体験させてくれる傑作だ。

高森郁哉