妻は告白するのレビュー・感想・評価
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黒い和服で雨に濡れた若尾文子の姿は、強烈!
若尾文子映画祭。3回目となるこの映画祭の、最終日の最終回に鑑賞。
朗らかな若尾文子の〈Side.A〉、濃厚な若尾文子の〈Side.B〉に分類して上映された今回の企画で、4K版初披露の本作は〈Side.B〉の目玉の一つ。
殺人か、緊急避難か。弱い女の不幸か、強かな女の策謀か。犯罪定義への該当性を争う松本清張を彷彿させる法廷劇は、実は、女の情念の恐怖と悲劇を描いた異色サスペンスだった。
製薬会社の総務に所属する(営業のように見えたが…)幸田(川口浩)は、共同開発者である教授の滝川(小沢栄太郎)に委託リベートを支払う業務に加えて、さまざまな便宜を図るために滝川宅を足繁く訪問していた。滝川には年の離れた美しい妻・彩子(若尾文子)がいた。
滝川夫婦と幸田の三人で挑んだ穂高の山岳登攀で事故(事件)は起きたのだった。
綾子に殺意があったのか否か、裁判で示される目撃証言とその背後にある事実の描写が巧みに構成されていて、見ごたえのあるサスペンスだ。
滝川のゆがんだ独占欲に対して幸田の綾子への同情心は純粋だった。だが、裁判で幸田と綾子が不倫関係にあると再三語られることに触発されたかのように、綾子の思いは幸田にのめり込んでいく。
裁判結審後の物語の終盤は、もはやホラーだ。
常軌を逸したような綾子を演じる若尾文子が、恐ろしくも美しい。
大学の研究室で教授の滝川に犯された綾子は貧しい育ちで、経済的な安心を得るために滝川の妻になった。
裁判での検察は、妻の在り方の常識に照らして犯罪を立証しようとする。
高度経済成長の真っ最中、戦後の影がまだ色濃い時代(私が生まれる前年)が舞台で、現代ではとうてい考えられない物語。
川口浩がその後「探検隊」の隊長となって世界中の秘境を旅することになろうとは、この頃はまだ誰も知らない。
危険な情事
別れる決心
パク・チャヌク『別れる決心』のリファレンス元として本作が挙げられていたのをちらほらと見かけていたが、ギミックといいそこに展開されるドラマの顛末といい思った以上に『別れる決心』だった。
本作も『別れる決心』も男が女の心情をうまく見定められないがゆえに悲劇が起きてしまうというものだ。『別れる決心』では主人公の刑事が50年代ノワール映画的なファム・ファタール幻想を終ぞ捨てきれず、殺人容疑者の女を自死に至らしめてしまう。一方本作では主人公の青年が相手の女に過度な潔白さを求め、「人を殺すような人間に人を愛すことはできない」ともっともらしい正論を並べ立てる。文字通り命を賭けた愛情表現を冷たく退けられた女は自ら命を絶ってしまう。
人間を一つの端的なイズムに還元することは不可能だ。人間はそこまで単純じゃない。女をファム・ファタール幻想や潔癖主義に押し込めてしまうというのも、結局のところは神聖視という名のミソジニーである。この無意識の蔑視が招来する悲劇を巧みな脚本と演出で描き出したのが『別れる決心』だが、まさかその半世紀以上前に同じような映画が既に存在していたとは…
ただまあ作品の1/3ほどを占める法廷劇のシーンは口頭で述べられたシチュエーションが映像によって淡々と追認されるだけなので正直やや退屈気味。増村保造の映画にしては映像にあまり華がないように感じた。
若尾文子の、高い演技力と肉体のエロチックさが本作を成立させている事が良くわかります
悪役・小沢栄太郎
この時代の作品を観るようになって気づくこと。
脇役に素晴らしい個性派がいるということ。しかもその人たちの多くが脇専門。
若尾文子に殺される夫を演じる小沢栄太郎もその一人。この人本当に嫌なオヤジの役がはまっている。
でも私生活ではきっといいお父さんなんだろうな。と勝手に想像していたのだが、なんと山岡久乃と浮名を流し、奥さんは自殺してしまったとか。
ニッポンのおっかさん・山岡久乃をして道ならぬ恋に誘い込むなど並のスケベ男のできることではない。畏怖の念すら覚えるこの俳優は映画史に残る作品を何本も支えている。
溝口健二「雨月物語」主人公・森雅之の妹婿で、武士に取り立てられて出世をするが、最後には身持ちを崩してしまう。溝口作品は他に「近松物語」にも出ている。
小津安二郎では「長屋紳士録」
川島雄三では「特急にっぽん」
成瀬巳喜男では「女が階段を上がるとき」
と名匠との仕事は枚挙にいとまがない。
増村保造の本作でも本当に嫌な夫を、男でも憎悪するほどに(そりゃ若尾ちゃんを不幸にする奴だから当たり前だけど)憎ったらしく演じている。
ザイル切られて当然。むしろそのことで不幸のどん底に落ちていく若尾に同情するのはごく自然な心情なのである。解釈の余地もないほどの嫌な奴を演じられる稀有なる悪役である。
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