「時代劇のスタンダードとは何か それを確認するぐらいにしか21世紀に本作を観る意味や意義を感じることができませんでした」大菩薩峠(1957) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
時代劇のスタンダードとは何か それを確認するぐらいにしか21世紀に本作を観る意味や意義を感じることができませんでした
大菩薩峠1957
主演、片岡千恵蔵、東映カラー作品
大菩薩峠は41巻もある超巨大長編時代小説として有名です
戦前に新聞小説として28年も連載が続いたそうです
映画化も戦前に日活版が製作されたのを最初に戦後な東映版渡辺邦男監督版、内田吐夢監督版の二つ、さらに市川雷蔵主演の大映版、それに東宝岡本喜八版と全部で5種類もあるそうです
つまり赤穂浪士次ぐ程の時代劇の人気コンテンツというわけです
本作は東映内田吐夢監督版の第一部です
時は幕末、場所は江戸を西に隔たる30里、武州と甲州の境にある大菩薩峠から始まります
そして江戸、京都に移って行き、ラストシーンは明治維新のさきがけの戦い、大和十津川での天誅組の乱の掃討戦で終わります
はっきり言って、物語はつまりません、大河小説の起承転結の起の部分だけということもありますが、かといってこの超巨大大河小説全体を通してみたところで一体この物語が何だったのか、大きな流れがあるわけでも、主題が明らかとなり輻輳した物語が最後の最後に収斂していくような快感もカタルシスも感動なく、だらだらと収束していくあてもなく進行するのみなのです、しかも未完
一応は机龍之介を兄の仇とする中村錦之助 (萬屋錦之介)が演じる宇津木兵馬の敵討ちの物語であるのは確かなのですが・・・
いかな巨匠内田吐夢監督にしても面白い映画にはとてもなりません
血槍富士とは大違いです
それでも、最後まで我慢して見終わる事ができたのは、さすがは内田吐夢監督というべきかと思います
見所は二つ、後半の京都での新撰組登場シーン、終盤の天誅組の乱のシーン
特に天誅組の乱が映像になっているのは本作以外には他に観た事がありません
時代劇が絶滅しそうな昨今、時代劇の全盛期はどうであったのか
時代劇のスタンダードとは何か
それを確認するぐらいにしか21世紀に本作を観る意味や意義を感じることができませんでした
映画は第二部、完結編へと続きますが、かなり惰性がないと観るのはしんどいと思えます
第二部ではお話は大和十津川から紀伊竜神、伊勢、浜松、掛川、清水港、甲州へと移って行きます
第三部の完結編まで見通して思うのは内田吐夢監督の意図は主人公 机龍之介はもしかしたら戦前の大日本帝国のことであると演出されていると思えてきました
斬りたいから斬った
そんな男が結局 敗戦という失明の境遇となる
これからどのように生きて流れていくのか?
即ち机龍之介をして過去の反省と
彼の捨てた息子郁太郎を日本の将来になぞらえてこれからの想いをめぐらせる
そういう映画だったのかもしれません