劇場公開日 1986年4月12日

「いしだあゆみの演じる妻と子供達の母は、自分を置いて消えない母だと確信できたとき物語は完結するのです」火宅の人 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0いしだあゆみの演じる妻と子供達の母は、自分を置いて消えない母だと確信できたとき物語は完結するのです

2019年10月22日
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鑑賞方法:DVD/BD

深作欣二監督ながら、今村昌平監督作品のような味わいがありました
もちろん単に緒形拳が九州弁で登場するからではありません
これほど男と女の心情のひだを繊細に撮れる監督だったのです
抒情的なシーンも美しく心を打ちました

無茶苦茶な男です
登場する女性は全て泣くシーンがあるのです
しかし観終わった時に残されているのは、主人公への共感と感動だったのです

男は無意識に自分にとっての理想の母を求めるものです
子供にとってではなく、自分にとっての理想の母を、実は女性に求めているものなのです

母とは、子供が何をしても無限に許してくれる存在なのです

そうして主人公に限らず男は誰しも母が消えて無くなるかもしれない不安を打ち消す為に、つい女性を試めしてしまうものなのです

次郎が日本脳炎に罹患した時、男は妻が子供に取られると確信し、彼女に逃げられる前に、自ら先に逃げ出したのです
というより無理にでも逃げるように仕向けたのです
戻ってきたならまた、逃げるように努力したのです
冒頭で語られた彼の子供の時代のトラウマがそうさせるのです

そして両親に見捨てられているのかも知れないと次郎がその病状の中で理解した時に起こした行動に彼はようやく自分が何をしていたのかに初めて思い至ったのです
次郎がやったことは自分がやっていることと同じなのです

そして石神井公園のラストシーン
いしだあゆみの演じる妻であり、同時に子供達の母は、自分を置いて決して消えない母だと彼が確信できたとき、この物語は完結するのです

私には物凄い共感があり、納得と得心のいく結末でした
彼が彼女から逃避しようと焦燥する不安は雲散霧消したのです

あなたが女性なら、この妻のような男の愛し方をできるのでしょうか?

あなたのなさること、わたし何でもわかるんです
そして笑顔

完敗だ、この女の深い愛にはもうかなわない
お釈迦様の手のひらから逃れられない孫悟空みたいなものだ

男に、心の奥の奥まで自分という女性に依存していたことを、本当に自分が愛していたのは誰なのかを心の底から、男に言葉でなく理解させたのです

その様な男の愛し方を、あなたはできますか?

自転車で走り去るいしだあゆみの笑顔の力は、それほどの、男の疑心を完膚なきまで破壊する力を持つものでした
映画「駅station」で彼女が冒頭の鉄道での別れのシーンで見せた笑顔のおどけた敬礼にも匹敵する破壊力でした
それほどの強烈な印象を残す素晴らしいラストシーンもそうないのではないでしょうか

なるほど日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を総なめにするのも当然です

あき240