「貧乏はつらいよ」家族 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
貧乏はつらいよ
長崎から北海道を結ぶ3000キロの動線。僻地から僻地という不毛な大移動に、幾度となく後悔の波が押し寄せる。しかし高度経済成長という物語にいったん乗り遅れてしまった者たちにとって、もはや都会にはいかなる居場所も残されていない。動線上に現れる絢爛豪華な街々は、貧しい家族たちにとっては蜃気楼に等しい。
上野にある饅頭屋の店員からタダで饅頭を貰ってきた孫に、笠智衆が「ワシらは乞食じゃなか」と金を払うよう叱責するシーンが見ていてかなりつらかった。こうしたささやかな美徳や倫理も、東京という巨大なレンジから見れば「貧乏」の一言で括れてしまう。
というか、そもそも「北海道の未開拓地で一旗揚げる」という井川比佐志の野望からして時代遅れも甚だしい。彼らを止めることができたのは井川の弟夫婦だけだったと思う。しかしどうにか高度経済成長の恩恵にあずかることができている彼らにとって、井川一家は足手まといに他ならない。そういうわけでやはり井川一家は地の果ての凍土に向かわざるを得なかった。
とにかく倍賞千恵子が不憫でならない。『男はつらいよ』の比じゃない。ただただ自虐的に、自己破壊的に北海道へ向かおうとする井川とは異なり、倍賞はそこに軸足を定め、家族とともに生活を送っていこうという現実的な覚悟を背負っている。酒や権威や自己憐憫に縋りつくことなく、常に家族を精神的な面で支えていたのは間違いなく彼女だ。そして彼女だけが誰からも支えられることのないまま生きている。それでも毅然と前を向く倍賞の微笑みには、可憐さや美麗さを超越した力強さが湛えられている。本当にすごい女優だと思う。
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