壁男のレビュー・感想・評価
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出来ないことを無理にしてはイケません
諸星大二郎の漫画作品を原作とする映画作品の3作目です。
個人的に諸星大二郎作品の映画化作品は「ヒルコ/妖怪ハンター」(91年)、「奇談」(05年)と今回の「壁男」(06年)の3作という認識ですが他にもあるんですかね?
それはともかく、「ヒルコ~」は沢田研二、「奇談」は阿部寛、「壁男」は堺雅人と主演を務める人が皆、名のある人なのは何故なのか?
まぁ堺雅人が本格的に売れっ子になるのはこの映画の出演より後の事ですが、この映画でそのキャリアが潰されなくてよかったよなぁと思うほど酷い出来です。
そもそも原作が「何これ?」という内容です。
先ず原作は壁男のモノローグで始まります。つまり物語の中で壁男という存在は確定しています。
そして壁男という存在は壁の中から人間の生活を覗き見るだけで、そこから人間に対し何らかの接触を試みることはありません。
しかしいつしか人間の側で壁男の噂が広がり、中には壁男に特別な興味を抱き接触を試みる者も現れます。
やがてメディアを通して壁男の噂はちょっとしたブームになり「壁男とは何なのか?」が人間の関心事項となります。
ところが当の壁男の側も人間に問われたことで「自分たちは何なのか?」といういままで考えたこともない問題に直面します。
その結果、壁男たちの間で混乱が起こり、やがて争いに発展し、いつしか人間の壁男への興味が失われるのと共に壁男の存在も消えてしまう―。
という感じです。
現代のにおいて怪談や都市伝説が生まれてくる過程を通して、実態の曖昧な事象でもメディアを通じて人々に情報が共有されることにより存在が確立されていく現象の不思議さや、アイデンティティを確立できない(していない)種族の存在の希薄さ、危うさを感じさせる物語です。
そして映画はここら辺の主題を拾いはするものの、イマイチ中途半端で尻切れトンボになってしまっている印象です。
映画オリジナルの登場人物も設定されていますし、物語も映画用にチョコチョコ改変されていますが、それでも何んとか原作の主題には沿おうとしている姿勢は見え隠れしています。
ですが、その方向性が明らかに失敗しており、もう単純に映画として詰まらないので、途中で切る人がいても不思議ではありません。というか冒頭の情報バラエティ番組のシーンから「この映画はヤバい」というオーラがプンプンしています!
特に最後は映画としてロクに見所がないことに焦ったのか、割とベタなドッキリポイントがあります。
ボロボロになりながらもなんとか原作の主題に沿っていたのに、最後の最後でコレは取って付けた感が否めません。それなら最初から小難しい原作の内容は無視して、映画の娯楽性を追求してしまえば良かったのではないか?
繰り返しになりますが、素人目に見ても映画化が難しそうな諸星大二郎作品のなかから、更に難易度の高そうな「壁男」を何故選択したのか?この選択が全ての誤りのはじまりであったのは明白です。
勝機のない戦いに挑むのは勇気とは呼ばないという事を改めて肝に銘じさせられる映画でした。
結局壁男とは?
ついに観賞!最後はモヤッと終わりました。最後の最後でグロかったのでびっくり…泣
堺さんの雰囲気に乗った怪しげな話し方とその他の皆さんと空気が違いすぎてちょっと疲れました。発端のカップルはなんだか気味が悪くて良かったですけどね。
"壁"ですよ"壁"
諸星大二郎原作のホラーコミックを映画化。
原作の事はよく知らないが、かなりカルト的な人気がある様ですね。
それにしても“壁”ですよ“壁”これで約100分近く持たせちゃうんだから大したもんだ!だって“壁”ですよ。何にも無いんだもの(笑)
流石に最後はちょっと飽きて来たけどね(笑)
これってホラーでは無いですね。どちらかと言うと人間の深層心理に訴える作品で、カメラマン役の堺雅人が少しずつ‘のめり込んで行く’過程こそが面白いですね。
作品中には《壁男》は存在していて横歩きしている様に表現されていますが、“内と外”との境界線の曖昧さは、そのまま人間の心の中にある“妄想と現実”“闇と表”を表わしています。
ただどうしても中途半端の様に感じてしまうのは、同じ“壁”を背にした人間の生活を覗く描写が、今一つ描かれていないところで、『サイコ』をパロった夫婦の話等はその際たるところでしょうか。人によっては「○っ○りさんかよ〜」何て批判も出そうですけどね。
小野真弓のタレントレポーター役はいかにも「いるいる!」って感じで可愛いかったですよ。取り敢えず演技力はさておいて(笑)
(2007年9月19日テアトル新宿)
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