「五感の凌辱」ルナシー 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
五感の凌辱
映像媒体はその物理構造上、視覚と聴覚への侵犯によって受け手の感情を揺さぶる。逆に言えば視覚と聴覚以外に訴えかけられる感覚がない。この構造をよく自覚した上で出力を最大化したジャンルがホラー映画だと思う。
本作がすごいのは、映像によっては直接コミットすることが不可能であるはずの嗅覚、味覚、触覚にまで映像の魔の手が及んでいるという点だ。私の記憶に否応なく刻まれてしまったいくつかのシーンを書き出してみる。
嗅覚…絶えず明滅する「肉」のモチーフ。モゾモゾと動き回る肉片たちだが、そこに健全な生の躍動はなく、死のもたらす腐臭が予感的に漂っている。
味覚…教会のような場所で痴呆の男女がチョコレートケーキを食べるシーン。男女の口元にたっぷりと付着した茶色いチョコレートケーキは汚物を想起させる。それを咀嚼していると思うと…
触覚…序盤で主人公が馬車から降ろされるシーン。主人公は雨でぬかるんだ泥の中に靴を浸し、衣服ももちろんビショビショに濡れる。寒い日に衣服が濡れることより不快なことってないですよね…
もちろん、これらの感覚は映像を「見て」「聞く」ことによって二次的にもたらされたものではあるのだが、それらの一次的感覚に追随するレベルで他の三感覚にもほぼ同等の不快感を及ぼしている。
とはいえ精神病患者の不安定な心情を夢と現実の入れ子構造によって表現するという手法そのものはややコンベンショナルの感があった。その辺りはテリー・ギリアムとかのほうが上手だなあと。
しかし映像の「不快美」に関して言えば本作はある種の極致にある。『アリス』に感じた恐怖と違和感が本作によって最大化されたといっていいだろう。
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