「こんな方にはお勧めの映画かも知れません。 ・犯罪物の映画が好きな人。 ・ブラックな笑いが好きな人。 ・役者の演技力を感じたい人。 ・ダメ人間が好きな人。」ファーゴ tricoさんの映画レビュー(感想・評価)
こんな方にはお勧めの映画かも知れません。 ・犯罪物の映画が好きな人。 ・ブラックな笑いが好きな人。 ・役者の演技力を感じたい人。 ・ダメ人間が好きな人。
『人間は、おかしくて、悲しい』
何を書いてもこの公開時のキャッチコピーを超えるのは難しい、この映画にぴったりの言葉だと思います。
身内の中だけのちょっとした疑似誘拐をでっちあげて、必要なお金だけをせしめるつもりでいたのに、どんどん話は大きくなり、思い付きの嘘での場の取り繕いも通用しなくなり、追い詰められていく感じ。
これが『ユージュアル・サスペクツ』のキントであれば明晰な頭脳で騙し切りますし、
『羊たちの沈黙』のレスター博士であれば綿密な計画で次の案を繰り出し逃げ切るのでしょうが、
残念ながらジェリーは知能犯でもなければ、策略家でもないです。
全て思い付きと、甘い期待でドツボにはまっていきます。
ジャンルとしてブラックコメディにカテゴライズされる作品ですが、この映画が該当するのかは悩むところです。
笑うのが忍ばれるようなコメディというよりは、潜在意識にピリピリと響き過ぎて観ている内に笑えなくなってしまう話。
人が死ぬから。と言うよりも、"誰かの掌で転がされながら逃げ回る怖さ"が深層心理から引き摺り出されて、笑う処ではなくなってしまいました。
人の情けなさ、愚かさと並行して人の狂気も描かれています。
誘拐の実行犯となるカールとゲアの二人、見るからに癖のありそうな風貌でよくしゃべるカールと、全くしゃべらずに淡々と殺人を繰り返していくゲア。
ゲアは殺し方もえぐければ、死体の処理の仕方もえぐいです。
終いにはカールも殺し、木材粉砕機で証拠の隠滅を図るゲアの画は、多くのスプラッタ映画の決めカットを凌駕するほどに不気味で怖いです。
狂気と言えば、ストーリーとは全く関係のない展開で登場する日系人のマイクの姿も狂気じみています。
涙を見せながら身の不幸を語り、マージにすり寄ろうとする姿が全て偽りだと気付いた時の不気味さ。
この映画の根底が人間の愚かさだけではなく、更にその奥底に人間の狂気が含まれていることを受け手に強烈に印象付けていたように思います。
人の愚かさ、狂気と対比するように、主人公のマージは飄々と現場の状況をプロファイリングし、着実に捜査を進めます。
出産まで2カ月に迫った身重の捜査官、その設定だけでも最悪の事故が起きないか?と心配になりますが、彼女の明晰な頭脳は常に相手から最短で情報を引き出し、必要な調査を並行で指示し、最短で犯人の元へ辿り着く。
犯罪者たちを見て「人間は、おかしくて、悲しい」と一番思うのは彼女だと思います。
「なんでこの程度のお金で。。。」
「人生にはもっと素晴らしいことがあるのに。。。」
けれど、その言葉も全身が狂気に毒されているゲアには届くこともないです。
きっと、小賢しく愚かしいジェリーやカールには届く言葉なのだと思います。
彼らは、「ここまでする気はなかったのに、なんでこんなことになってしまったんだろう。。。」と後悔するのだと思います。
本当に『人間は、おかしくて、悲しい』です。
ラスト、自宅に戻り、画家の夫とベッドで寄り添うマージ。
事件の余韻もなく夫との時間を共有しくつろぐ彼女の姿も人間の不思議さをこの映画に加えているように思いました。
ストーリーとしては以上ですが、流石に名作と言われるだけあって、役者の存在感や舞台となる雪のミネソタの風景には圧倒されました。
オープニングの雪の中でシトロエンを引いてくるシーンの荘厳さは、いったいこれから何の映画が始まるんだろう?と不思議に感じる程。
音楽もシンフォニックな盛り上がりがあって、かっこいいという意味では凄くかっこいいんですが。
いい意味で違和感のある選択だったように思います。
また映画全体の画として、雪に覆われた世界は何度も繰り返される殺人と血を引き立たせ、この映画の狂気が映える映像だったように思います。
役者陣も、ウィリアム・H・メイシーやスティーヴ・ブシェミ等、愚かしい人代表の二人は当て書きじゃないか?と思うほど、期待通りの二人でした。
ピーター・ストーメアの静かな狂気はピリピリした怖さの伝わる演技だったと思います。
そして最後に、ヒロインのフランシス・マクドーマンド、役者として観るのは初めてでしたが、上の3人とは全く異なる理性を持ち、飄々とした立ち回りが映画としても一段階レベルを上げているように感じる程でした。
この作品でアカデミー賞の主演女優賞だとか、納得です。
ノマドランドも観てみたくなりました。