「ため息が出るほどの耽美」トリコロール 赤の愛 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
ため息が出るほどの耽美
落ち着いた色合いの街並み。常に曇りがちな空。太陽が山の向うへ沈む瞬間の光を大切に思う老人。可憐で美しい女優。素晴らしいオーケストレーションの音楽。ため息が出るほど美しい映画。これがヨーロッパ映画なのか。
20年以上も前に日本で公開されたときにはただただ圧倒され、ヨーロッパという土地、文化、生活、思想への憧れを胸に刻み込まれた。
トリコロール3部作の「赤」は3作目。当然、この前に「青」と「白」を観ているのだが、最後を飾るこの作品は出色の出来映えである。
「博愛」を象徴する「赤」。人生を豊かな気持ちで過ごすにはこれが大切。
神のように真実を知る存在になるために盗聴をしている元判事の老人。最愛の女性に裏切られ、判事という人の罪を裁く仕事で真実を知ることの不可能性を嫌というほど知り抜いた彼は、外界との繋がりを絶ち、近所の電話を盗聴するだけの日々を過ごす。
彼の飼い犬に怪我をさせたとして、その家を訪れたモデルの若い女性は善意の塊のような人物である。こんなに性格の良い若く美しい女性などいるはずもないのだが、それを納得させるだけの気品をイレーヌ・ジャコブが発揮している。
それにしても、ラストのフェリーの事故は、現在の欧州の状況を予見していたかのようで面白い。
「青」では欧州統合の式典で演奏する曲を、亡き夫の仕事を引き継いで完成させるという話だった。
「白」においては、ポーランドという旧東側の国が確実に資本主義化し、フランスという西側の国と人的交流も密になる様を一組の男女を通じて描いた。
「赤」のラストでは、ここまでの3部作の主要人物たちが、フランスのカレーからフェリーでイギリスへと向かう途中、嵐に合って遭難するのだ。つまり、彼らはイギリスには辿り着けなかった。それほど海の向こうのイギリスは遠い土地なのだ。
キェシロフスキは、まさか自分が死んでほんの20年でイギリスがEUを離脱することになろうとは、想像もできなかっただろう。しかし、このラストにおいて、心ならずも欧州人たちのイギリスへの心的な距離の大きさを描いているのだから、何とも皮肉なものである。