「北京の銭湯「清水池」」こころの湯 ku-chanさんの映画レビュー(感想・評価)
北京の銭湯「清水池」
Zhang Yang チャン・ヤン監督の映画はSoul on a String (Tibetan: རྒྱུད་སྐུད་སྟེང་གི་རྣམ་ཤེས) とこの映画しか見たことがない。この映画は今回で2度目で、最初みたときは繁体字の看板が見られたので、台湾の映画かと思った。その後、中国語(北京語)の先生にこの話をしたら、看板は繁体文字が多いとのことで台湾映画ではなく北京が舞台の映画だと理解した。北京の下町で銭湯「清水池」を営む父親リュウ(朱旭)は知的障害(mentally challenged son)のある次男、アミンと共に銭湯を営み、深圳市に住む長男のターミンとは異なって社会共同体の中でのんびりした生活をしている。客人は人前では歌えないオオソレミヨを初めてとして時間がありそうな人たちに見えるが、この和気藹々とした裸での付き合いをしたことがないせいか、不思議な感じで見ていたが、まったく理解できないわけではない。私の性格上、こういうのんびりするふれあいの雰囲気は好みじゃあないかも。ある日、アミンの描いた絵葉書がターミンを帰省させる。
私は朱旭の長年のファンで、彼の演技のうまさが気にいっている。(特に、The King of Masks) 映画、こころの湯で一番好きなところはターミンの表情がやわらんできたり、行動に気遣いが見えて変化していくところだ。絵葉書の誤解から、ターミンは迷惑そうな不機嫌な顔つきで、店の手伝いもしなければ、毎日シャワーですませている。でも、だんだん彼の行動や顔つきに変化が現れ、父親の元に残ろうか否かで心が動いている様子が手にとるようにわかる。
アーミンの優しさの表し方が父親リュウが表してもらいたい優しさと違うが、リュウはそれをうれしそうに受け止める。アーミンがマッサージ機を父親に買ってあげる例などはまさにその典型だ。でも、風呂屋が古くなってきて雨のなか屋根の雨漏りをなおす父親を手伝うシーン。ここで二人の心(優しさを表す心)が一致した。
アーミンが黙って父を手伝うのがいい。
風呂の中で髪をとくシーンはちょっと不思議だった。女性の髪をとくのは北京の文化で官能的な意味があるのかもしれない。