落下の王国 4Kデジタルリマスターのレビュー・感想・評価
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魂を救う物語の力
子どものころ、海外の昔話を収めた絵本全集が家にあり、毎晩寝る前にそれを読むのが日常で一番の楽しみだった。「落下の王国」は、そんな物語の原体験を思い出させる作品だ。
撮影での大怪我と恋人との別離に絶望した主人公のロイは、骨折で同じ病院に入院していた少女アレクサンドリアに即興の物語を語って聞かせ、彼女の気をひく。彼女に病院の薬棚からモルヒネを持って来させ、服薬によって自らの命を絶つためだ。
少女の名前からの連想だろうか、アレクサンダー大王についての語りから入ってゆく物語世界の絢爛なビジュアルは、ロイの現実の暗さとは対照的だ。主要な登場人物は現実でアレクサンドリアと面識のある人々の顔をしているので、あの壮大な光景は彼女が想像したものだろう。これが本当に素晴らしい。
本作自体、ロイの物語のごとく明確な脚本がなかったため出資者が集まらなかったそうだ。ターセム監督は自己資金を投じて、CMの仕事をしたロケ地で少人数で少しずつ撮るなどしつつ、4年に渡り20か国以上でロケを行なったという。そんなインディペンデントな作品とはとても思えない映像のスケール。
石岡瑛子の衣装が、この物語の世界観を決定づけている。昔の寓話らしい雰囲気があり、それでいてどこか近未来的に見える瞬間もある。エキゾチシズムが漂い、非現実的で、この感覚は異国のおとぎ話の楽しさそのものなのではと思う。タージマハルにもコロッセオにも負けず、壮大な背景を引き立て物語のイメージを牽引する強さは、石岡瑛子ならではだ。
そうした映像のインパクトに負けず劣らず驚いたのが、アレクサンドリアを演じたカティンカ・アンタルーの愛らしさだ。いや、なんだこのかわいさは。こんなかわいい子からお話をせがまれたら、ロイみたいな下心がなくてもいくらでも語ってしまいそうだ。
重要な役どころをあんなに自然に演じていたのに、当時全く演技経験がない5歳の子どもだったというから驚く。パンフレットのプロダクションノートを読むと、監督の演出の妙だなと思った。カティンカが女優としての自意識を持たないうちにアドリブで撮影する、彼女の勘違いも演出に生かす(モルヒネのEを3と勘違いするエピソードは実際のカティンカの勘違いから生まれた)など。是枝裕和並に子役の活かし方が上手い。
ラストの、サイレント映画のスタントシーンのラッシュで流れるナレーションは、撮影から数年経ったカティンカがなんと即興で当てたものだそうだ。いや、すごい。もう1回観たい。
観る前は宣伝のイメージだけで、もろアート系の難解な映画だったら寝てしまうかも、などと思っていたのだが、よい意味で予想を裏切られた。ロイの即興とアレクサンドリアの想像が織りなす美しいおとぎ話、さらにその背景には、絶望に堕ちたひとりの青年の再生の物語があった。
ロイの語る物語が魅力的なのは、その裏に死をこいねがう彼の心があるからだという気がした。足が不自由になった彼は、アレクサンドリアを惹きつけ、言うことを聞かせなければ死ねない。「アラビアンナイト」のシェヘラザードとはある意味真逆の動機だが、死を希求する心が物語に命を宿らせるというのは皮肉めいていて、なんだか切ない。
ところが、アレクサンドリアとやり取りをしながら物語を紡ぐことで、物語の展開もロイ自身の心も変化してゆく。少女の無邪気さに心を開き、悲劇を頑なに拒む彼女の純粋な思いに触れ、彼は生きる力を取り戻すのだ。
ターセム監督は、自身の失恋がきっかけで、20年ほど構想中だった本作の製作に動き始めたという。ロイの失恋は、監督の経験を反映させたものだ。
モノクロ映画のスタントのコラージュシーンは、ロイのスタント俳優としての復活を想像させると同時に、この映画を作ることによって失恋の痛手を癒した監督の心から溢れる映画愛、現代の映像表現の礎となった先人へのリスペクトをも感じさせる。物語の筋と直接関係ない映像なのに何故かぐっときた。
ロイはアレクサンドリアとのやり取りによって紡ぎ出した物語に救われ、「これを作らずには息もできませんでしたし、私は生きていけませんでした」と語るターセム監督は「落下の王国」という物語に救われた。
本作の圧倒的な映像美は、言葉よりもはるかに雄弁に物語の持つ救済の力を語る。この印象と感動は、映画であればこそ。
癒しと希望の物語が、彩度と緻密さを増した映像美でよりパワフルに
オリジナル版の日本での劇場公開は2008年だが、製作は2006年なのでもう20年近くも経つのかと感慨深い。当時から映像美が絶賛されていたが、このたびの4Kデジタルリマスターで精細度はもちろん、彩度もより豊かに鮮やかになり、世界遺産を多く含む雄大な景観や荘厳な建築群が一層美麗に迫ってくる。
美しいビジュアルが持つ表現力が強化されたおかげで、ケガで入院した病院で出会う青年スタントマン・ロイとルーマニア移民の5歳少女アレクサンドリアが、ロイの即興で語る冒険物語を通じて関係性を変化させていく過程もよりヴィヴィッドに感じられるようになった。優れた物語には人を癒し希望をもたらす力があることを、病院内の現実と空想の物語世界を行き来しながらわかりやすく示してくれる。
アレクサンドリア役のカティンカ・アンタルーは1997年生まれで、愛らしい表情とぽちゃっとした体型も本作の魅力に貢献。キャリアは2011年と12年の短編2本のあと途絶えているが、引退してしまったのならさびしい。ターセム・シン監督は2015年製作の「セルフレス 覚醒した記憶」以降ブランクがあったが、インドで起きた悲劇的な実話に基づく2023年製作の「Dear Jassi」が高く評価されているようだ。こちらも日本で鑑賞できるようになることを期待する。
映像の面白さは現実世界の奇観を凌駕したか
初公開からほぼ20年を経てこれほど評価が上がった映画も珍しいし、4K版のリバイバル上映が連日満席になっているのも素直に凄いことだと思う。石岡瑛子の尖りまくった衣装を筆頭に、再評価されるのも当然ではあるのだが、正直なところ、ちょっと借り物感が強すぎないかという気はする。世界各地の奇観をめぐって撮影された映像の壮麗さが目を引くのはわかるのだが、たまたまそのいくつかに旅行したことがある者として言うと、映像のマジックに見惚れるというより、本当にすごい景色を見つけてきて、そのまま撮影している印象なのだ。もちろんロケーション選びと石岡瑛子要素によって誰も見たことがない映像を作ろうという意図はわかる。ただ「この景色を映画ではこんな風に見せるのか!」という驚きはなくて、しかもほとんどの景色は世界的な観光地であり、例えばクライマックスの城でのバトルの舞台に日本の姫路城とか高野山とかなんなら宮島とか平安神宮とか浅草が選ばれていたら、われわれはどう感じただろうかと思ってしまう。たぶん日本の観光地に石岡瑛子の服を着たアイツらがいればオモロカッコよくて笑ってしまう気がするが、同時にトンチキなエキゾチシズムも感じるのではないか。象徴的なのがバリ島のグヌン・カウィ寺院をバックに儀式としてケチャが行われている場面で、ケチャが持つ文化的な文脈は完全に無視した上でのそのまんまのケチャなので、わあヘンな芸能があって面白い!そのままやってみて!という植民地的見世物精神だと言われてもしょうがないとは思うのだ。考えたらターセムは『ザ・セル』でもダミアン・ハーストの輪切りアートをそのまま再現していて、少なくとも独自のビジョンを持った映像の魔術師というより引用とアレンジの人であり、ときには盗用スレスレなんじゃないかという気がしてくる。少なくともこのやり方はこの20年で世界的に許容されなくなってきており、大なり小なり時代の狭間だったからこそ実現できたアプローチだった。本作は有り体にいって、有名な世界遺産と奇観のパッチワークだ。とはいえ映画表現に引用はつきものだし、あれもこれもダメだと言いたいわけではなく、ただあまりにもターセムのやり口はひねりのない借用なんじゃないかという疑念があるという話。物語的には弱い部分があって、それを映像の凄さと映画愛(これについても思うところはある)で補っているような作品であるだけに、手放しに絶賛はしづらいし、実際映像的な部分での興奮が現実での記憶や体験に勝ることはなかった。と、こう書くともはや「俺はあそこもここも行ってますマウント」と思われることも承知していて、「いや、すごい映画だしすごい映像なのはわかった上で、ターセムという映像作家の本質を考えたいんです」なんだけど、それも言い訳として感じ悪く取られるとは思う。だから一切改行せずに文字を詰め込んで読んでくれる人を限定するような書き方をしています。そこはちょっと腰が引けている自覚はあって申し訳なく思っているのですが、ただこの映画がきっかけになって、見た人の気持ちが映画の中にとどまるよりもさらなる世界へと広がっていったらいいなと心から思っています。
シネ・リーブル池袋さようなら!
壮大な映像美
壮大な夢を見ていた。
the fallという落ちるという一貫したキーワードの中で、ロイがアレクサンドリアを操作して薬を手にするために作り上げた物語。
現実と物語の境目のシーンや、伏線が面白いし、怖くもあった。
謎の6人すぎておもしろい。
司祭の顔が砂漠になるシーンが好きすぎた。トリックアートみたい!
現実・物語・映画の入れ子構造
映像美もさることながら、この映画が面白いのは、現実・物語・映画が不安定に介入しあっていることを可視化している点だと思う。
ロイがアレクサンドリアに物語を聞かせる。けど物語は、語り手の管理下にとどまらない。ロイがすでに眠っているにもかかわらず、アレクサンドリアが勝手に物語を先に進めていくシーンはその典型。物語は「語る者/聞く者」「能動/受動」といった単純な区別に回収できない。聞き手は受動的な存在ではなく、いつの間にかアクターとして物語り始めてしまう。
そして、そんな影響が入れ子構造のようになっていることが興味深い。ロイが語る物語は、彼がこれまで演じてきた映画経験に影響されている。一方で、アレクサンドリアが頭の中で映像化する物語世界もまた、病院の人々や身の回りの現実の人物を素材としている。ここに、現実・物語・映画が相互干渉している面白さがある。どれかが主で、どれかが従なのでもなく、現実や映画が物語に染み込み映像になり、物語が現実を変える。そんな不安定さ自体を鮮やかに映像美と共に映画で示した傑作だと思う。
蛇足ですが、復讐や愛といったテーマや映像表現という点でも、この映画は『果てしなきスカーレット』のありえた成功例だと観ながら感じた。
映画館で見たい映画
2008年のリバイバル映画
当時は007慰めの報酬 イーグル・アイ ダークナイト ウォーリー
インディ・ジョーンズ アイアンマン ライラの冒険 魔法にかけられて・・・
当時は公開されていたかも知らず 個人的には2026年に出会った作品です
レビュアーさんたちの評価も高く、マーシーを見るのをやめてこの映画を選択
オープニングロールから印象的なカットが続いて期待度もあがったものの
見終えてからはさほどはまることもなかったというのがあ個人的鑑賞
舞台でもドラマでもなくスクリーンで見栄えのする映画らしい映画
とにかくお金はかかったんだろう 衣装も音楽もスケールがでかい
でも2026年の今ならCGでいろいろ撮影できたり表現できるのかもと思いながら
俯瞰して見てしまった、物語に没入感できるほどではなかったのが残念
ドラマ部分の軸がしっかりあるので少女と主人公の関係や
空想で語られる物語のエピソードは最後まで集中力が切れずに見ることができたが
スッキリ感や達成感や余韻がなかったのでもうひとひねりあればというところでした
語られない重さ、重なり合う世界
落下の王国は、現実と空想という二つの世界を、人物や色彩、言葉、行為といったさまざまなモチーフによって丁寧に編み上げていく構成が非常に新鮮で、上映時間を通して一度も退屈させない。物語が進むにつれ、それぞれの世界が独立しているようでいて、実は互いに影響し合い、静かに重なっていく感覚が心地よい。
現実パートで描かれるテーマはきわめて重く、絶望や喪失といった感情が根底に流れている。しかし本作は、それについて直接的な説明や感情の言語化をほとんど行わない。観客は、登場人物の置かれた状況や視線、わずかな行動の変化から、その重さを自ら受け取ることになる。この「語らなさ」が、かえって現実の痛みを生々しく伝えてくる点が印象的だった。
一方で、空想の世界は圧倒的な映像美と奔放な想像力に満ちており、現実の苦しさから一時的に解放される場として機能している。しかしそれは単なる逃避ではなく、現実の感情が歪んだ形で反映される場所でもあり、物語が進むにつれてその境界は次第に曖昧になっていく。
そしてタイトルである「落下」そのものが、物語全体を貫く重要なモチーフとして機能している点も見事だ。肉体的な落下、精神的な落下、物語の中で起こる象徴的な落下、それらが重なり合い、ラストに向かって静かに意味を結んでいく構成は、本作ならではの美しさと残酷さを同時に感じさせる。
説明を排し、映像とモチーフの積み重ねによって感情を伝えるこの映画は、観る側の想像力と感受性を強く要求する。しかしその分、受け取ったものは長く心に残り、鑑賞後もなお反芻したくなる一本だった。
物語と回復
精神医学では、病いから回復するための心理療法として「語り」が頻用されている。(らしい)人生の問題がどう作り出され、核心を明らかにし、その後の道を思索することで、自分が負った傷を物語として解釈したり制御したりしていくことができるからだそう。
本作では自殺を幇助させるために少女に物語を聞かせていた男が、交流の中で改めて自分の気持ちと向き合い、最終的に自分の傷を物語として落とし込むことができた回復の様子が描かれている。半身不随になろうが失恋しようが結局その後も人生は続いていくので、自分で決めない限りバッドエンドは訪れないんだよっていう爽やかな結末なのがよかった。
途中でメタ的に展開する物語のシーンや、看護師と医者のグロい関係性、患者たちの人間模様など細かい仕掛も豊富で鑑賞していて飽きがこなかった。全編通しての映像美に関しては言うまでもありません。
個人的に好きなのは最後の病院の上映会のシーン。主人公が犬を撫でながら涙を流すところ。少女が寄り添ってるのもなんか良いし、主人公が世界と和解できたのがなんとなく理解できるのが美しかった。
自分の仕事への誇りも取り戻せたのだろうか。
一方で、少女は結局退院した後も過酷な家庭環境から抜け出せていないのではってとこが少し気掛かりでした。保護者とアメリカ社会の言語の壁もあったりと、少女側の救済って何かあったのかなっていうのが後味悪く残りました。(見落としがあったらすみません。)
世界中を旅する、贅沢すぎる『落下の王国』4K体験
色も衣装も世界も美しかった!!
構想26年とか熱すぎる…
序盤の白黒の汽車のシーンから、名作の予感…!
ストーリーに登場する世界はビビットな色彩に包まれ、壮観!
現実と寓話が行ったり来たり。
時に現実と寓話が混じり合ったり。
ナース役の美女がおしっこ我慢とか、演技がうま過ぎてかわいかったです!笑
わかるわかる、おしっこ我慢しても聞きたいくらいワクワクしましたよ、ロイ青年のお話は。
ロイさん、自分のMORFIN3を取りに行かせるためとはいえ、あんな壮大な作り話ができてしまうの、クリエイティブ過ぎませんか??
ぽちゃぽちゃのアレクサンドリアもとてもかわいくて。5歳とは思えない貫禄でしたが、声もあどけなくてとてもいい。
出番だらけでとっても大変だったんじゃないでしょうか…。その後は作品に出ていないようだけど、素晴らしい名演でした。
ロイもですが、出てくる大人達がみんな子供に優しくて、自分の中ではなんだかそこがとてもグッと来ました。相手して、助けて、ちゃんと見ててくれる感じ。
いまって、人にかまうことを躊躇する時代です。特に人様の子供には気安く近寄れません。
自分も、大人になるほど子どもとの接し方が辿々しくなっております。
小さい頃にお兄さんに恋してしまう感じもわかるわかる。カッコいいよね。
慣れ親しんだ赤レンジャーが次の代に変わる時、今までのがいいーーっと泣いたくせに、次のレンジャーもカッコよさがわかってくるとまた好きになっちゃう。青とか黒とか敵がかっこいいverもあり。笑
石岡瑛子さんが関わった衣装もセンスの塊!
確実にこの映画の彩りになっています。
CGほぼなし(ワイヤーを消すなど最低限)で、壮大なファンタジーが描かれていました。
むちゃくちゃカッコよかった、ペプシの桃太郎シリーズのCMを思い出しました。
撮影にかけてきたハンパない時間と労力。
私の想像なんぞ遥かに超えているんだろうなぁ!
世界中を訪れて、候補にあがりながら撮影不可の場所もあったでしょうし、ストーリーとの兼ね合いもあるでしょうし。
行ってみたらイメージと違った、とか、やっぱりあっちにしようとか、絶対出てくるじゃないですか…季節や天候だってあるし。。
〜〜〜〜〜
ほぼ前情報なしで見たのであとから色々調べてみました。裏話多めです。
▶︎子役のカティンカ・アンタルーについて
ターセム監督が「演技をしていない自然な子供」を求めて彼女を選んだため、この作品の後はルーマニアで普通の生活に戻っているそうです。
あの印象的な前歯についても、本当に生え変わりを待って撮ったんですって。
ストーリーはどう繋いでいるんだろう?司祭の顔からのシーンもどっちから撮影したんだろう?と疑問だったのですが…
・撮影順としては、病院での現実パートを約6週間かけて、ほぼ物語の順番通りに撮影
・「彼女の成長に合わせて、物語(現実パート)を時系列順に撮影する」という、子役の映画では異例の手法
ロイ役のリー・ペイスが、彼女に「本当に足が不自由な人だ」と信じ込ませるために、撮影中の数週間、カメラが回っていない時もずっと車椅子かベッドの上だけで生活していました。
カティンカちゃんだけでなく、一部のスタッフにさえ「彼は本当に歩けない俳優だ」と信じ込ませていたそうです!
「大好きな、体が不自由なお兄ちゃんを助けたい」
これ、演技じゃなくて、ホントだったってことですね!!
ちなみに、彼が歩けることがネタ明らしされた時、カティンカちゃんは「えっ、立ってる!?」と心底驚き、その後リー・ペイスに駆け寄って大喜びしたという、映画本編を食うくらいの感動エピソードも残っています。
幻想的な空想シーンの多くは、病院のシーンを撮り終えた後に数年かけて世界中で撮影されています。
ターセム監督が 、資材を投じてCM撮影と絡めて執念で撮ったと言われています。
スケジュールもむちゃくちゃ大変だったろうに、出演者やスタッフもよくめげずに仕上げてくれたものです。拍手!!
28カ国以上出てくるそうですが、印象的な場所、いくつかメモ。
・青い街(インド・ジョドプール)
• ナミブ砂漠の赤い砂丘
• バリ島のケチャダンス
• パングン・サリ(水の迷宮)
数ヶ月前に、久しぶりに『したいことリスト100』を書いてみたのですけど、その中に国内外の行きたいところをたくさん書きました。
ある意味、この映画のおかげでけっこう叶ってるんじゃないかと…
世界のこんなに美しい情景を、移動せずともいくつも短時間で魅せてもらってしまった!!!
なんという贅沢。
ありがとうございます、ターセム監督
ありがとうございます、石岡瑛子さん
ありがとうございます、Bunkamura 4K
監督が撮りたいように撮った映像芸術。好きか嫌いかは観る側しだい
ただ、私自身はそんなに楽しめなかった、かな。空想シーン(ファンタジーパート)の映像はどれも美しい!!のひと言。ただ、それだけで2時間は正直、退屈に感じます
むしろ、これって無駄にカネかけすぎじゃない?大丈夫?と余計な心配がよぎる始末。芸術だから金にいとめはつけない、ってのはわかりますが...。壮大なる自主制作映画です
ところで、原題のThe Fallは、つまり"落下"。その昔、映画(というかMooving picturesつまり、活動写真)の黎明期にケガが報われない無謀なスタントを務めたスタントマン達への敬意を込めたオマージュ、と解釈しました。副題(邦題)の "〜の王国"は、蛇足というかノイズだと感じますね
このワード("王国")のせいで、作品のテーマを理解するのに無駄に時間がかかり、鑑賞の妨げになっていました
現実パートである、挫折したスタントマンと少女の心の交流が主題なのに、物語を進める道具にすぎない空想パート (監督が"画"として本当に撮りたかったのはこのパートだけだったとしても) の"王国"に何か重大な意味があるのか?と惑わされてしまいました
昭和の不要な邦題文化、ホント、そろそろ絶滅して欲しいです
おー行ったことある
絶賛の映像美、この世界観に悪酔強酒!この世との別れを物語る悲哀の果てを感じた
北からずっと吹き付ける大寒波!!
着物の裾も帯も捲り上がり 成人を祝う日、
これからの人生の荒波を感ずる出発の門出であったであろう
しっかり前を向いて生きて行って下さいな。おめでとう。
そんな人達を横目に劇場へ向かう。
今日は「落下の王国」4Kデジタルリマスター 観ましたよ。
日程合ってやっと観れた思いです。
映画冒頭、白黒場面。橋の上に汽車が止まってて 横から蒸気吐き出してるシーン。橋の下 川には男の姿が。ロープを投げられて救助って所なのか・・・
汽車の蒸気が凄く美しく吐き出しされてて、ココを観ただけで タダモノ出は無い映像美を感じた。これは凄くお金と時間と情熱を注がれた映画なんだと言う事が分かります。
現実世界と、語られる空想世界観のこの違い。現実は病巣ベッドの上で下半身不随で一切動けない男。彼がある目的の為に、自分の所へやって来る少女に或る空想世界の物語を話す。
その変わった世界観の映像に少女だけでなく、観客もすっかり虜に成るのは間違いないだろうと、そう感じます。
元は2006年公開作品。
あの2000年”ザ・セル”ターセム監督が、構想26年製作期間4年費やして世に放つ大傑作。映像色は見事であったと感じます。本当に素晴らしい!!
13の世界遺産、24ヶ国以上でロケーション撮影した神髄をこの目でシッカリと焼き付けましたです。噂通りと思いますね。
そして、この話の現実世界の部分が とても哀しい流れで、どうしてこの男は少女にこんな話をしたのか?
それが最後に明かされます。そしてこの男の正体が・・・何者なのかが。
農園に無事に戻った少女が この男の想い出を最後に語る時、
あの名作”ニュー・シネマ・パラダイス”に この作品も並ぶなぁと、
私は深く感銘に至りました。
(作品スペック)
監督:ターセム・シン氏
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ロイ・ウォーカー / 黒山賊役:リー・ペイスさん
アレクサンドリア / 山賊の娘役:カティンカ・アンタルーさん
エヴリン看護師 / エヴリン姫役:ジャスティン・ワデルさん
主題曲:ベートーヴェン交響曲第7番の第二楽章
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(感じた事)
・久し振りに真っ当な洋画を鑑賞出来て、心底浄化された想いです。
この幼気な骨折してる少女アレクサンドリアのあどけない演技が素晴らしい。
この子と、下半身不随男のロイとの会話。
そして この病院の患者たち、医者、看護婦。この色合いと対比される空想世界観の絶妙な色彩バランスが堪らないですね。
・何故男がモルヒネを少女に託すのか。恋人を誰かに奪われた悲しみと、下半身不随の苦しみ。ベットから全く動けない自分。その自分が語りだす空想世界。
本当はこうじゃ無かった筈だと、ベッドの上で何度も思った事でしょう。
それを凄く感じます。
・絶望の淵に立つ彼。足先の感覚が途絶えているのを自覚し落ち込む。
もう・・・これで 終わりにしたい・・・その想い。
少女が何とか必死に薬を探しに行くが あっという間の事故。
二人の想いが交差する時、彼が本当の意味で我に返り立ち止まります。
・落下の王国の果てに、そこに悲哀を素直に感じ得ました。
そして やがて少女がオレンジ畑を自由に駆け巡る時、
最後に語られる彼のその後の雄姿を観て 心に温かい情が注ぎ込まれてきて
何故だか ホッと、安堵に尽きました。
是非、ご興味が御座います方
お時間が取れます方は
劇場へ どうぞ!!
映画についての映画。ラストは号泣。
観光地の絵葉書みたいな作品だったら嫌だなと思って見たら、それどころではなかった。
センスと情熱の塊。
冒頭の白黒シーンから心を射貫かれる。
世界にこんな場所があるのか?と目を見張るロケーション撮影。衣装も言わずもがな。
何が良いって、奇抜で不思議なビジュアルの全てに意味と背景があること。
だからストーリーも骨太だ。
怪我と失恋で自暴自棄になった男の「嘘」は、エンタメの本質でもある。
彼以上の地獄を経験した少女は、男が即興で語る冒険譚に自分の「願い」を投影する。こちらは観客の心理を表している。
両者が切実に交差するラスト。
少女は一瞬しか映らないスタントマンへの愛を語る。このドラマに涙しない人間は映画ファンではなかろう。
子ども賛歌。
映画賛歌。
裏方賛歌。
私にとって、オールタイムベスト5を書き換える作品となりました。
やっぱり不思議な映画
全260件中、1~20件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。









